この日は都島区にある

「京橋駅」周辺を散策しました。


京橋

「大阪城」のほぼに位置する地域で

地下鉄、JR、京阪本線が重なる

大阪のターミナル駅。


人の往来が激しいため

駅の北口から先は飲食店が軒を連ねる

歓楽街になっています。



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そんな「JR京橋駅」の南口


すぐ南を流れる「大川」

川沿いに面した小さな通りで

喧騒な北口とは違って静かな場所。



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その南口から

ほんの少し西の方へ歩くと、


線路の高架の脇に

何かが設置されているのを発見。

行ってみることに・・・。



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そこには

石台の上に鎮座する仏像

「南無阿彌陀佛」

と刻まれた碑がありました。


間違いなく慰霊碑だ。



飲食店や大きな商業施設がある

北側はよく訪れていたけど


駅の南口はあまり利用しないので

ここに慰霊碑があるのを

初めて知りました。



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慰霊碑の横にある説明板


太平洋戦争で大阪が大空襲を受けた時に

犠牲となった方々の慰霊碑のようだ。


調べた事と説明版の内容をまとめて

以下に少し書き記しておきます。



「京橋駅空襲」


昭和20年8月14日(終戦前日)

「大阪陸軍造兵厰」が空襲を受ける。
※(おおさかりくぐん ぞうへいしょう)

武器・弾薬などの兵器を製造する造兵厰は

当時の国鉄・京橋駅のすぐ南にあり、

流れ弾の一トン爆弾が京橋駅に落下した


爆弾は城東線の高架を突き抜け、
※(城東線=現在の環状線)

その下の片町線ホームを直撃。


この時ホームに避難していた

多数の乗客が犠牲となり

判明しただけでも210名(236名とも)

実際には500~600名の方々が

被爆して犠牲になったと言われている。



この慰霊碑は

当時の惨状を目撃して胸を痛めた

森本栄一郎さんという方が

昭和22年8月14日に

自費で建立されたとのことです。



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こちらが慰霊碑

犠牲になった方々の霊を弔うため

お墓のような形をしています。


仏花や千羽鶴がお供えしてありました。



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仏像は「釈迦牟尼仏尊像」

お釈迦様の仏像です。


少し見えにくいですが、

説明版に書いてあった「納経塔」

左側に建立されています。




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これまで大阪の町を歩いて

様々な場所で戦時の爪痕を見てきましたが


この京橋にも

そのような惨劇があったとは

恥ずかしながら知りませんでした。


終戦の前日に

このような惨状が起きてしまった事に

悲しさと悔しさが込み上げてきます。


あと1日早ければ

ここで亡くなった何百人もの人達は

命を落とさずに済んだかもしれないのに。



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爆撃の犠牲となった方々の冥福を祈り、

この場を後にしました。



JR京橋駅の南口にある

「京橋駅爆撃被災者の慰霊碑」



通り掛かった際は少し足を止めて、

亡くなられた方々に

手を合わせていただけたらと思います。



※この記事の写真は2018年3月に撮影したものです。


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【京橋駅爆撃被災者慰霊碑】



最寄り駅は
JR環状線・京橋駅
JR東西線・京橋駅
京阪本線・京橋駅
地下鉄・京橋駅