この日は大阪の西区を代表する公園、

「靱公園」の周辺を散策しました。



0524_01

これは以前、

靱公園内で発見した

「楠永大神」という御神木の姿を
※(くすなが おおかみ)

離れた所から撮影した写真。



実はこの写真を撮った時、

撮影位置近くの歩道脇で

石碑を一つ見つけていました。



あ、楠永大神について気になる方は

こちらのリンクからご覧ください。


内容:凝縮された森のような御神木様




0524_02

その石碑というのがこちら。

「永代橋 門樋橋」

と刻まれていました。


永代橋「えいたいばし」

門樋橋「もんぴばし」


ありがたいことに

ふりがなが振ってありました。



『新しい石碑だねー』

『ピッカピカで反射しとるな』

『ちょっ、前出ないで!
 反射して姿映ってるから』

『ほぁっ!?』



嫁のまーさんの姿が

反射して石碑に映り込むくらい

新しくてピカピカの材質。

赤い花崗岩かな。



0524_03

正面から撮った写真もありますが

いずれもまーさんの肉体の一部が

映り込んでいたため

ここからは斜めの写真になります。


お許しください。



0524_04

石碑には

「永代橋」「門樋橋」

2つの橋についての碑文

ズラズラ~と並んでいる。



寛永元年(1624年)

つまり江戸時代、この地域に開削された

「海部堀川」というかなり大きな川に
※(かいふ ほりかわ)

この2つの橋は架けられていたそうだ。



0524_05

こっちは反対側から。

橋の説明だけ。


かなり簡単にまとめるつもりなので

詳細を知りたい方は

一つ前の写真と合わせて

碑文の内容をご覧ください。



「門樋橋」


「永代浜」という浜に水を注ぐ

「永代堀」の上流部に設けられた橋。

通常の橋でなく門樋(=水門)だったので

その名残が橋名になった。



「永代橋」

江戸時代に開削された「海部堀川」

当時から架けられていた橋。

「永代浜」に通じる橋なのでこの橋名。



「永代浜」というのは
※(えいたい はま)

江戸時代頃、この靱公園付近に

海産物の干物市場があって、

その市場の商品を運搬するために

作られた荷揚げ浜のことです。



こちらも以前記事にしたので

知りたい方はこちらからどうぞ。

内容:靱公園には昔、浜があったよ




0524_06

石碑の左下にあった

古地図を拡大したもの。


文化3年(1806年)と書いてあるので

江戸時代後期あたりの地図かな?


拡大したものなので見えにくいけど

が沢山架かっているのが分かる。



ちなみに

「永代橋」「門樋橋」どちらの橋も

昭和26年海部堀川が埋め立てられて

一緒に姿を消してしまったそうです。



0524_02

時代の流れと共に役目を終えた

2つの橋の歴史を示す

「永代橋 門樋橋」の石碑


靱公園に遊びに来たら

ぜひ眺めていってみてください。



※この記事の写真は2018年2月に撮影したものです。


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【「永代橋 門樋橋」の石碑】

※MAPの「なにわ筋ビル」向かいの歩道脇にあります。


最寄り駅は
地下鉄・本町駅
地下鉄・阿波座駅