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本日は、昨日の記事と同じ場所。


地下鉄・西大橋駅から

チョロッと進んだ場所にある

「新町南公園」から。




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遊具が滑り台1つあるだけの

小さな公園ですが

この公園の北東の角で石碑を発見。



それについては昨日の記事をどうぞ。

↓にリンクを貼っておきます。

・新しい芝居の形を作った人を称える石碑





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こちらは昨日紹介した石碑の場所と

対面となる公園南東の角


実はここにも石碑がありました。

植え込みの中の四角い石ね。



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綺麗な花に囲まれた新しめの石碑。

「ここに砂場ありき」

と刻まれている。



公園内で「砂場」という言葉を聞くと

よくある公園の砂場を想像するけど

石碑になってるくらいだし

多分違う意味なんだろう。



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ぐるりと裏側に回ってみた。

なんかいっぱい書いてある。



・・・土台に

ハトのモノと思われるフンが付いている。

ヤツら平和の象徴面してるけど

こういう所容赦ないよね。



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少し近寄ってみた。


「本邦 麺類店発祥の地
 大阪築城史蹟・新町砂場」

と書いてある。



・・・麺類店発祥の地?

これ地味に凄いこと書いてない?



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説明の碑文を撮ったもの。

詳しくは写真をご覧ください。


簡単にまとめると、


天正11年(1583年)

豊臣秀吉大坂城を築城する際に

資材となるをこの新町に置いたため

この辺りは「砂場」と呼ばれた。


ここに築城工事で働く人々が集まり

食事をする場所が求められたため

「いづみや」「津の国屋」などの

蕎麦屋が開業。

これが「麺類店の発祥」となった。



かつてこの地域が

砂を置く場所だったから

「砂場」という名称になったんですね。



碑文にあったお蕎麦屋の

「いづみや」「津の国屋」

明治辺りに姿を消してしまったそうですが


現代で、老舗として知られる

江戸三大そば「更科」「藪」「砂場」

一つである「砂場そば」

ここがルーツだそうです。


時代の流れと共に

大坂から江戸へ移ったんでしょうね。



はー。

ざるそば食べたくなってきた。

これ書き終わったらコンビニ行こうかな。



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大坂城築城との関わりと

麺類店発祥という意外な事を教えてくれた

「ここに砂場ありき」の石碑


お蕎麦が好きな人は

ぜひ立ち寄ってみてください。


私はこれからそばを買いにいきます。



※この記事の写真は2018年2月に撮影したものです。


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【「ここに砂場ありき」の石碑】



最寄り駅は
地下鉄・西大橋駅