この日は地下鉄・南森町駅から

西にある西天満を訪れました。



知らない人にこの辺りの場所を

説明をしようとすると難しいのですが

大雑把に言うと

大阪天満宮梅田の間ぐらいの場所です。



大阪天満宮から見て

西側の地域なので西天満

と覚えると分かりやすいのかな。



0417_01

ここはそんな西天満

5丁目と6丁目の間



急に5丁目6丁目とか言われても

困るかもしれませんが

「これだ!」と言える

目印がないので納得してください。

困っているのは私も一緒です。



しいて目印を上げるなら

たくさんの車が横に走っている

あの道路が「京阪国道」

っていうのと、


この辺を通った事がある人なら

写真中央の「エフワン」と書かれた

青い看板を見てなんとなく

「あーあのへんかー」と

思えるような場所。



0417_02

それよりこちらにご注目ください。

「旧町名継承碑」を見つけました。


手前の白っぽい石碑がソレです。

青いプレートが埋め込まれているヤツね。




0417_03

この「旧町名継承碑」というのは


昭和時代の区画整理で消滅してしまった

昔の町名を現代に伝えるために

大阪市が設置した石碑。



大阪市内の色々な場所に置かれていて

発見次第、このブログに載せています。



0417_04

どうやらこの辺りは昔

「梅ヶ枝町」

という町名だったらしい。

読み方は「うめがえ」かな?



詳しい内容は写真・・・を

光の反射で読みにくいな・・・。

でもなんとか読んでくれ。


「梅ヶ枝町」に関わる部分だけ↓に抜粋。



「梅ヶ枝町」


明治33年4月
西成川崎という地域の一部が東梅ヶ枝町
北野という地域の一部が西梅ヶ枝町になる。

大正13年6月
東梅ヶ枝町、西梅ヶ枝町が合併して「梅ヶ枝町」となった。

昭和53年2月、7月
住居表示の実施にともない「梅ヶ枝町」の一部は
西天満三~六丁目の各一部となり
残りは野崎町、兎我野町の各一部となった。

町名の由来は
菅原道真の愛好したにちなんだ事から。



明治には東と西に分かれていた

「梅ヶ枝町」が大正時代に合体して

昭和でまたバラバラになり

名前すらも消えていく・・・。

これも時代の流れなんでしょうね。




0417_05

継承碑からを向いた写真。


このまま道なりに真っ直ぐ進んでいくと

以前紹介した「龍王大神」という

道路の真ん中に不自然に残されている

御神木がある場所に辿り着きます。



一応、リンクを↓に貼っておきます。

・道路にそびえ立つ、曰く付きの御神木





0417_02

西天満の京阪国道付近にある

「梅ヶ枝町」の旧町名継承碑


近くを通り掛かった際は

ぜひ眺めていってください。



※この記事の写真は2018年3月に撮影したものです。


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【旧町名継承碑「梅ヶ枝町」】

※MAPにあるファミリーマートの歩道脇にあります


最寄り駅は
JR東西線・大阪天満宮駅
地下鉄・南森町駅