この日は

大阪市城東区のほぼ中央を

東西に流れる川「寝屋川」

川沿いを散策しました。



この川をず~っと辿って行くと

大阪市の東隣の「大東市」を行き着いて、

更に川に沿って北上して行くと

ちゃんと「寝屋川市」まで辿り着きます。



辿り着いた頃には

市の名前になってる寝屋川の川幅は

半分ぐらいに減っていて

水路みたいになってるけどね・・・。



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そんな寝屋川君の

南沿いの道を通っていた時

古い建物の片隅に

石碑があるのを発見。



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こちらがその石碑

隣には案内板もある。


この川沿いの道は何度か通ってるけど

こんな所に碑なんてあったかな?

見逃していたのかもしれない。



ちなみに一緒に来た嫁のまーさん

角を曲がった人気の無い所で

買ったばかりのパンをムシャムシャと

食い散らかしているぞ。



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碑には

「新喜多新田会所跡」

と刻まれている。



「新喜多」はこの辺りの地名。
※新喜多(しぎた)

「新田」は新しく作った田畑のこと。

「会所」は集会をする建物・事務所。

「跡」は跡だ。


まとめると

この辺りの田畑について

やり取りをする集会所があった。

という場所らしい。



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という所の全てを説明してくれるのが

こちらの案内板。


宝永元年(1704年)

当時ここを流れていた大和川を整備して

その川跡の土地を開発して

「新喜多新田」を作ったそうです。

詳しくは写真をご覧ください。



京橋から以東、東大阪の方まで

水田地帯になっていったというので

何というか

広いなんてもんじゃないですね。



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碑の左側面に碑文がありました。


案内板にも書いてましたが

鴻池十郎

鴻池

今木屋兵衛

という新田の開発者3人の

名前から一字を取って

「新喜多」と名付けたとのこと。


読みにくいと思ったら

そういう経緯があったのね。



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碑が建っている建物。


趣のある建物だけど

ここが会所だったわけではないそうです。


「跡」って書いてあるしそれもそうか。




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新喜多東寝屋川沿いの道に建つ

「新喜多会所跡」の碑


近くを通り掛かった際には

ぜひ眺めていってみてください。



※この記事の写真は2018年2月に撮影したものです。


【「新喜多会所跡」の碑】



最寄り駅は
JR片町線・鴫野駅
地下鉄・鴫野駅
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