この日は「南森町」周辺を散策。

地下鉄・南森町駅から

やや北東の位置にある「同心」という

お寺が建ち並んでいる町を

歩いていた時のこと。



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お寺、ビル、お寺、マンション、お寺

みたいな感じでお寺が並ぶ中で

一つのお寺の前に石碑を発見。



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お寺の名前でも書いてあるのかな

と思っていたら

「緒方洪庵墓所」と刻まれていました。
※緒方洪庵は「おがた こうあん」と読みます。

どうやらこのお寺に

緒方洪庵という方のお墓があるようです。



という感じの写真を撮っていたら・・・。



『なあなあ』

『ん? なに?』

『向かいのお店がパン売ってる』



人が写真を撮っているのに

パンの話をしてくる嫁のまーさん



『・・・後にしてくれませんか?』

『後で買ってくれるんやね』

『ありがとー!』



???

なんか買ってあげる事になったぞ?



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こちらはお寺の門。


ちょっと見えにくくて申し訳ないですが

お寺は「龍海寺」というお名前。


綺麗で立派な門ですね。

1月に撮影したため

しめ飾りや門松が飾られてました。



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改めて碑に戻る。

大阪の町で見かける碑と同じタイプだ。


お寺の風景に溶け込んでいるので

碑と気付かずに見逃してしまいそう。



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碑の右側面

壁際ギリギリにあるので

上手く撮れなかった・・・。


緒方洪庵の生涯と没年が

刻まれているようです。


歴史に疎い私が

漢字の画数がこんなに多い人物を

覚えているはずもないので

調べてみました。



「緒方洪庵」


江戸末期、幕末時代の医者・蘭学者。

近代医学の父と呼ばれ、

感染症の天然痘の治療に貢献した。

大坂で「適塾」という私塾を開いて
※私塾は現在でいう私設の学校のようなもの

福澤諭吉を始めとする優秀な人材を育てた。

後年、江戸幕府の要請で江戸に出仕するも

翌年の文久3年(1863年)に喀血し没する



幕末に医者として活躍し、

天然痘の患者を無償で治療するなど

多くの命を救った立派な方だったとの事。


最期は遠く江戸の地で亡くなったため

東京の方にもお墓があるそうなのですが

緒方洪庵本人の希望

この「龍海寺」に遺髪のみを

埋葬したそうです。



お寺の中にあるお墓を

見せてもらえるという記事も見かけたので

関係者の方に尋ねれば

見せてもらえるかもしれません。



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碑の左側面と裏側


左側には昭和50年3月

碑が建立された日付がありました。


裏側はツルツルで何もなし。



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お寺の左側の道

ここをひたすら真っ直ぐ進むと

「天神橋筋商店街」があります。



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碑の目線から向かい側を見た写真。


「KATSURA」という小さなお店がある。

ここがまーさんが騒いでいた

パンを売っているお店。


手作りのパンで

具材がたっぷり乗っていて

とても美味しかった。



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同心「龍海寺」にある

「緒方洪庵墓所」の碑


近くを訪れた際は

ぜひ眺めていってください。

向かいのお店のパンも一緒にどうぞ。



※この記事の写真は2018年1月に撮影したものです。


【緒方洪庵墓所】



最寄り駅は
JR・大阪天満宮駅
地下鉄・南森町駅