この日は

「森ノ宮駅」からに進んで

「玉造」に続く道を散策しました。


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大きなホームセンターを

通り過ぎた辺りで

見慣れた石碑を発見。


「旧町名継承碑」だ。


植え込みの中に埋もれてるけど

元気にやっているようだ。



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『どうしようコレ』

『頭半分しか出てへんな・・・』



草の中に沈む継承碑

上から覗き込む嫁のまーさん



『草どけるしかないんとちゃう?』

『どけてよ』

『虫出てくるかもしれんからイヤ』

『冬だからいないよ』

『草のニオイつくからイヤや』

『大丈夫だよ。この草優しいよ』

『イーヤーや言うとんねん!』



まーさんが異常なまでに草を恐れる。


きっと前世で草に何かされたに違いない。

もしくは前世が草団子なんだろう。

使えない草団子だ。



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反対側に回ってみる。

草が継承碑を取り囲んでいる。



この石碑を

ご存知ない方に説明すると、



「旧町名継承碑」とは

昭和時代の区画整理で消滅した

昔の町名を現代に伝えるために

大阪市が設置した石碑。



こんな感じで

よく植え込みの中に

埋もれていたりします。



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どうやらこの辺りは昔

「宮林町」という町名だったようだ。


・・・草ジャマだな。



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草をどかした。

これで見えるようになった。


旧町名の詳細については

写真をご覧ください。


「宮林町」に関わる簡単な部分だけ

以下に抜粋しておきます。



「宮林町」

明治45年2月
「古屋敷町」が「宮林町」となる。

昭和45年2月
住居表示の実施にともない「宮林町」
玉造一丁目の一部となった。

町名は
「森之宮」の周辺となるこの地の
屋敷地の樹木が林のように茂っていた
という由来から。



「森之宮」の「宮」

周囲が林だったから事から「林」を取り

「宮林町」という町名にしたとの事。


成り行きを知ると

とても分かりやすい町名だった。




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現在は開発が進んで

住宅街になっているため

林を想起させる場所は見当たりません。



この旧町名継承碑が無ければ

林があったという故事も時代の流れと共に

忘れられてしまうかもしれないですね。


そういう意味で継承碑

すごく奥深い存在だと思えてきます。

草に奥深く埋もれてるけどな。



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昔の風景を現代に伝える

「宮林町」の旧町名継承碑


森之宮から玉造筋を通る際は

ぜひ眺めていってください。



※この記事の写真は2017年12月に撮影したものです。


【旧町名継承碑「宮林町」】

※GoogleMapの森下仁丹(株)の向かいの歩道脇にあります


最寄り駅は
JR環状線・森ノ宮駅
JR環状線・玉造駅
地下鉄・森ノ宮駅
地下鉄・玉造駅