本日の記事は昨日と同じ場所から。


中央区の本町橋にある

「マイドームおおさか」という

展示場ビルの敷地の植え込みにある

石碑についてのお話です。



昨日の記事では、


「大坂城惣構跡」

「西町奉行所跡」

「初代の大阪府庁跡」


という3つの石碑が一緒に並んでいたので

まとめて書きました。


内容については
↓のリンクからどうぞ。






0214_01

こちらが

「マイドームおおさか」の植え込みにある

石碑の集団


手前の3つが前述した

昨日の石碑達。


今回は写真のほぼ中央に見える

黒い石碑に焦点を当てていきます。



0214_02

これがそれ。


黒光りする石碑の横にもう一つ、

灰色の石碑がある。



『ここ石碑ありすぎだね』

『ウハウハやな』



ウハウハかどうかは知らんが

ウハウハ気分な嫁のまーさんと一緒に

石碑を眺めていく。



0214_03

まずは黒光りの方から。

碑には

「大阪府立貿易館跡」

と刻まれています。



ちょっと見えにくいですが

右側面には

この碑文の字を書いた

当時の大阪府知事「岸 昌」さんの名が
※きし さかえ と読みます。

記されていました。



ところで

この写真なんか良くないですか?

石碑にいい感じに光が当たって

神々しく見える気がする!



どうでもいいですか?

・・・はい。



0214_04

こちらはお隣の石碑。

「大阪府立貿易専門学校
 発祥の地」

と刻まれています。


どうやら「貿易館」

それに付随する

「貿易の専門学校」があったようです。



『ところで貿易館ってなに?』

『それは・・・貿易する所やろ』

『・・・何を?』

『・・・何が?』



なんとなくフワッと分かるけど

フワッとしているので分からない。

ふわふわ~。



0214_05

黒光りの左側面に碑文がありました。

しかし植え込みの草達に隠れて

一部が見えない状態・・・。



調べてみた内容を

以下に書き出しておきます。



「大阪府貿易館」

明治23年(1890年)
大阪の貿易振興を目的とした
「大阪府立商品陳列所」が北区堂島に創立。

大正6年(1917年)
大火災で焼失した
「大阪府立商品陳列所」を当地に移転する。

昭和5年(1930年)
「大阪府立商品陳列所」の名称を
「大阪府立貿易館」に改称した。

昭和62年(1987年)
「大阪府立貿易館」廃止される。



「大阪府立貿易専門学校」

昭和23年(1948年)
「大阪府立貿易館」の館内に
貿易実務を学ぶための施設「大阪高等貿易講習所」が附設される。

昭和42年(1967年)
「大阪高等貿易講習所」が「大阪府立貿易専門学校」に改称。

昭和60年(1985年)
大阪市の天王寺区へ移転
その後も住吉区などへ移転を繰り返す。

平成16年(2004年)
府の財政難により廃校となる。




どうやら、昔この地にあった

「商品陳列所」という施設が

「貿易館」に名を変え、

その館内に貿易の実務を学ぶための

「専門学校」が併設された。

という流れのようです。



「商品陳列所」と聞くと

スーパーの棚みたいなアレとかを

想像してしまいますが


地域の特産品の販売だけでなく

商業における発明や試験などを行う

商工業の博物館のような施設で

技術発展に重要な役割を担ったそうです。



スーパーの棚とか言って

すみませんでした。



0214_06

「貿易館跡」の石碑裏面は

平成2年11月15日

府の国際経済交流100周年を記念して

建立されたものと思われます。



「貿易専門学校」の石碑裏面は

建立した日ではなく、

先ほど説明で長々と書いた

学校の創立や移転などの経緯

書かれているようです。



草に埋もれて

ほとんど見えなかった・・・。



0214_07

そんな貿易館も現在は

「マイドームおおさか」

なっています。



0214_08

写真の旗が6本並んでいる辺りに

石碑が建っていました。



0214_09

「マイドームおおさか」

近くを通り掛かった際は


「大阪府立貿易館跡」

「大阪府立貿易専門学校発祥の地」

の石碑をご覧になっていってください。



※この記事の写真は2017年12月に撮影したものです。


【大阪府立貿易館跡・貿易専門学校発祥の地】



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