この日は天王寺区近辺を

自転車でフラフラ~と散策。


JR鶴橋駅JR桃谷駅の間辺りで

西松屋を見つけたので
※子供用品の雑貨店

ちょっと寄っていく事にしました。


駐輪場があったので

そこに自転車を止めてから

なんとなく辺りを見回すと・・・。



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なんか変わったモノが

設置されてました。



場所は「ヴィータMOMOYAMA」という

小さな商業施設の駐車場の脇


歩道の階段は

奥のマンションへと続いているようで

完全に近隣住民以外は利用しないと思われる場所。




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壷のような物体が2つと

中央に石碑のようなものが建ってます。



ちなみに一緒に来た嫁のまーさん

「寒いから西松屋行ってるわ」と言って

私を一人置いて去っていきました。


今頃、西松屋でヌクヌクしてるはずです。



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石碑に近付いてみる。


中央に木のような絵と

難しくて読めない6つの漢字が

刻まれていました。



かろうじて

左側の「霊」「碑」だけ読めたので

この時点で

「もしかして慰霊碑かな?」と思い始める。



そう考えると

石段に空いている丸い穴は

花などを供えるためのものかな?



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こちらは壷っぽいものの写真。

ちゃんと中が空いている様子。

模様も描かれていて細かく作っている。



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裏側に回ってみました。

こちらの面だけかなり古そうに見える。


ビッシリと碑文が刻まれていますが

旧字体、擦れ、痛みなどで

解読するのが難しい。



こういう時は表題部分や

締めの文字を確認すると正体が分かりやすい。



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締めの文字。

「大阪市立桃山病院長熊谷謙三郎誌」

と刻まれているようです。


どうやら「桃山病院」という

病院に関係する石碑らしい。



もしかして今ここにある

「ヴィータMOMOYAMA」という施設の名前は

その名残なのかな。



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改めて石碑を眺めてみました。


昭和12年
病院の創立50周年記念式があり
病院の殉職者慰霊祭を行った。

と冒頭に書いてあるように読めます。


色々調べてみた結果、
あまり詳細な情報は出てきませんでしたが


「桃山病院」明治期に建てられた

日本初となる常設の伝染病病院

当時流行した感染症・コレラの患者を

収容する隔離病棟施設だったそうです。


患者を始めとする

たくさんの職員の方が亡くなり

その慰霊として石碑を建立したとの記録がありました。



「桃山病院」はその後の昭和時代も

感染病の治療などに奮闘してきましたが

開院100年余りを持って廃院。

現在の都島区にある「総合医療センター」

統合されたとの事です。




現在こそワクチンや治療法の確立で

そうした感染病は遠い存在となりましたが

当時、病と闘いながらも尊い犠牲となった

職員の方々には頭の下がる思いです。



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この辺りにかつて存在した

「大阪市立桃山病院」


現在、病院跡は残されておらず

この慰霊碑が残っているだけのようです。




今回調べて知識を得る事ができたので

再訪した際にはもう一度手を合わせ

改めて患者さんと職員の方々の冥福を祈ろうと思います。



※この記事の写真は2017年12月に撮影したものです。


【桃山病院の慰霊碑】



最寄り駅は
JR環状線・桃谷駅
JR環状線・鶴橋駅
近鉄線・鶴橋駅
地下鉄・鶴橋駅