この日は四天王寺を訪れようと天王寺区へ。

地下鉄谷町線に乗って四天王寺前夕陽ヶ丘駅で降りる。

駅の4番出入口を出て四天王寺を目指していると・・・。



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植え込みの中に
比較的新しい感じの石碑がありました。



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石碑は「旧町名継承碑」というもの。

この碑について、大阪市の説明を要約すると


区画の統合整理で消滅してしまった旧町名だが、
歴史・文化・伝統を鑑みて、郷土の史料として
継承碑を建立し保存する事にした。


とのこと。

地域住民に親しまれてきた昔の町名を
今に伝える石碑という事らしいですね。



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石碑には旧町名「椎寺(しいでら)町」と書かれており、由来なども記載されてました。

詳しい説明は写真を、
簡潔な説明は下をご覧ください。



「椎寺町」

この町は、明治初頭は東成郡天王寺村の一部であった。

明治33年4月天王寺椎寺町となる。

その後も区画整理はあったが椎寺町の名は残り続けた。

しかし昭和56年3月、住居表示の実施にともない椎寺町は

四天王寺1丁目、伶人町、夕陽丘町、六万体町の一部となった。



記述によると、四天王寺の西側一帯が椎寺町だったようですね。

碑の設置されている場所は四天王寺1丁目なので、
ちょうどこの辺りが椎寺町の中心部だったのかもしれません。



町名の由来を調べると、

昔この辺りに大きな椎の木があり、
お坊さんがその椎の木で薬師如来像を彫り
そこにお堂(寺)を建てて祀った事から「椎寺町」になったそうです。



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街中にさりげなく置かれた石碑。

つい見落としがちになってましますが、
調べてみると昔の様々な事が分かってきます。

四天王寺へお越しの際は、
この旧町名継承碑もご覧になってみてはいかがでしょうか。




ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。

※この記事の写真は2017年11月に撮影したものです。


【旧町名継承碑・椎寺町】



地下鉄谷町線・四天王寺前夕陽ヶ丘駅の4番出入口を出てすぐ。