この日は大阪城方面を目指して
北区の方向から中央区へと向かっていました。

区の境目となる大川を越えるために
「天満橋」を渡ろうとした時。



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『あら? あそこにあるの橋の看板のヤツやんな?』

『あ、本当だ。橋名飾板ってヤツだね』


一緒にいた嫁のまーさん
公園にさりげなく置かれていた天満橋の橋名飾板を発見。


橋名飾板というのは
過去に撤去された橋に設置されていた、橋の名称が書かれた看板のことです。



以前、「天神橋」という橋を渡った時にも写真と同じような物を発見しました。

そちらについては記事にまとめてますので
こちらをご覧ください。






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場所は「天満橋北詰」
小さな交番の横にある公園の中です。


というか、
この公園なんていう名前なんだろう・・・?


グーグルマップで見ると
「毛馬桜之宮公園」となっているのですが、
イメージにある毛馬桜之宮公園とは少し離れた場所のように思えます。


『ここ、毛馬桜之宮公園みたい』

『えっ? こんなところまであの公園伸びてんの?』

『あー。でも後ろの大川沿いの所、桜並木やな』

『そういう意味では毛馬桜之宮公園なのかも』

『わかりにくいなあ・・・』

『なんかこう「天満橋交番裏公園」とかにならんの?』

『ならんの? ってウチに言われても・・・』

『「こちら天満橋交番裏前派出所」でもいいよ』

『こち亀か! 交番と派出所かぶっとるし!』


かぶるとNGだそうです。



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橋名飾板の右側になんかありました。

2000年に土木遺産として記録された証とかでしょうか?



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こちらは左側にあった石碑。
下部の写真に「天満橋」の橋名飾板が確認できます。

上部の説明を要約すると、



最初の天満橋は、豊臣秀吉の時代に架けられた。

それから明治18年までは、
幾度となく木製の橋が架け替えられてきたが、淀川の大洪水で橋が流出。

その後、明治21年にドイツから輸入した鉄橋が架けられる。

この「天満橋」の橋名飾板は、その鉄橋の橋門上に設置された物である。



というのが橋名飾板の由来です。

あまり省略できてないな・・・。



ちなみに
「天神橋」にも同じような石碑がありました。

書いてる事もほぼ一緒です。


この「天満橋」「天神橋」
そしてもう一つの「難波橋」浪華の三大橋と呼ばれているそうです。

おそらく同時期に橋を架ける事業が行われたのでしょうね。

ということは
難波橋にも橋名飾板があるのかな?
通る機会があったら探してみよう。



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こちらが新しくなった「天満橋」

天満橋の上にもう一つ天満橋があります。

橋の二重構造。
面白いですね~。



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「てんまはし」と書かれたちょっと古い親柱。
※親柱とは橋の名称などがついている柱部分。



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ちょっと前を見ると街灯付きの新しい親柱がありました。



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新しい親柱からの視点。
下を流れているのが大川です。

川の上に浮いてる船のようなものは観光用の水上バスです。

橋の上から水上バスに手を振ると、
運転手の方が振り返してくれたりして面白いですよ。

ここから眺めるとガラス張りのOMMビルが一望できますね。



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「天満橋」の橋名飾板。

天満橋北詰のすぐ近くにあります。

通る機会があった時は、ぜひ足を止めて眺めてみてください。



ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。

※この記事の写真は2017年10月に撮影したものです。


【天満橋】