この日は都島区に一人で散策に訪れました。


今回の目的の場所は
地下鉄谷町線・都島駅近くにある「桜通商店街」

・・・を南に進んで、


商店街のアーケードの途中で左に曲がったところにあります。



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こちらがその目的地「鵺塚(ぬえづか)」です。

妖怪や怪異などの伝承
あるいは「平家物語」などが好きな方は

「鵺」という存在をご存知かと思われます。



鵺とは、

頭はサル、胴体はタヌキ、手足はトラ、尾はヘビ

という様々な動物が合成された姿を持つ妖怪、またはモノノケの類であるとされています。



私は怪談や妖怪話の類が好きなクチで、
鵺という存在は子供の頃から知っていました。

そういった存在の証明が実現されたら面白いなあと
いい年した今になっても夢を見ているわけですが、

最近は科学技術やネットワークが発展した事で、むしろ不在の証明が出てきたりして残念に思うことが多くなりました・・・。



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だがしかし、こちらを見ていただきたい。

見てくれ。




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鵺塚だ!

鵺さまのお墓だぞ!




・・・ごめんなさい、ちょっと落ち着こう。



正直な話、
この塚を初めて見た時、かなりワクワクしました。

世間的にはただの空想上の生物とされる妖怪。

そのお墓が現実に、目の前に出てきた時の衝撃といったらなかったです。



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都島区役所による史跡説明もありました。

他所で調べた内容と一緒に少し解説を。



1153年(仁平3年)、京都の御所・紫宸殿(ししんでん)にという怪獣が現れ当代の帝・近衛天皇を夜毎に悩ませる。

天皇は鵺の轟く声に怯え、
侍臣である源頼政(みなもとのよりまさ)に退治を命令。

頼政は矢を射って見事に鵺を討ち取った

その後、鵺の祟りを恐れた京の都の人々は死骸を丸木船に乗せて淀川へと放流した。

行き着いた先は当時湿地帯であった沢上江(かすがえ)村、つまり現在の都島へと流れ着く。

祟りを恐れた村人達は鵺を土に埋めて祠を建てて「鵺塚」と呼び、ねんごろに祀った。



という事だそうです。


・・・なんで川に流すの?

下流の人達の事をもっと考えようよ。




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それにしても、
860年も前の伝承が残っているとは驚きです。

史跡の説明版にもある通り、
何度か改修が行われているようですね。





話は変わりますが、
兵庫県の芦屋市にも鵺塚があるそうです。

この都島に流れ着いた鵺の死骸が
村人によってさらに下流へと流され、
芦屋まで行き着いたのだとか。


しかし、この都島の鵺塚では
「土に埋めて祠を建てた」とされています。


こうなると「どちらの塚が本物なの?」
と気になるわけですが、


鵺退治について語られている「平家物語」の記述よると、

どうやら源頼政による鵺退治は二度あったそうです。

一度目は1153年、
二度目は1161~1162年。
鵺は二匹いて、二匹とも退治された。

そして二匹とも同じように死骸を船に乗せられて淀川に流された。


記述の通りであるとしたら、
一度目の鵺は都島に、二度目の鵺は芦屋に。

どちらの塚も本物だったのではないかと推測できます。

そう信じたいですね。




鵺のヤツ、昔は結構いたのかもしれません。

そういえば京都市動物園で鵺を見たことあったような気がする。

なんか動物ふれあいコーナーで子供達に触られてたような気がするわ。

あ、これいるわ。鵺いるわ。


・・・いてほしいなあ・・・。





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話が長くなったので本題へ。
こちらが鵺塚の祠です。

奥のちょっと欠けたような石がご神体でしょうか。

丁寧に管理されているようで、塚の回りも綺麗です。

瑞々しいお花も供えてありました。



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石灯籠も立派なものです。

賽銭箱があったのでお金をチャリンッ。



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手水鉢もあります。



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向かって左側の石灯籠。
けっこう古そうな感じです。



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塚なので注連縄はありませんが、
御神木のような大きな木があります。

右側にも何か看板がありますね。



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「大阪港紋章」と書かれた看板。

書かれている説明によると、
大阪港の紋章に鵺がシンボルになっているとか。

鵺すごいな。
多角経営じゃん。



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看板の下側には
「鵺塚史跡旧跡の由来」と書かれた案内板。

どうやら鵺塚が新聞記事に載ったらしく、
その切り抜きを公開しているようです。

風雨にさらされて、ちょっと読みにくい。



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こちらは鵺の創造図。



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塚の周りをチョロチョロ徘徊しながら写真を撮っていると、

通り掛かったご年配の方に声を掛けられました。


話を聞くと、この鵺塚を管理されている方だとか。

恐れ入ります。管理感謝します。



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『ここ、黒くなっとるの何でか分かります?』


管理者さんに案内されて塚の石垣を見てみる。

言われてみると確かに石垣が黒い。


『昔、隣に家があったんやけど戦時で全部焼けたんや』

『その時の火の熱でこうなったんですわ』




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これには驚きました。

石材って火の熱でここまで赤黒く変色するんですね。


そういえば都島区の史跡説明に、
塚の改修は明治の初め頃と書いてました。

祠の方は戦後に改修されたそうですが、
この石垣は戦争を経験しているんですね。



『そうそう、面白いもんあるんですわ』


管理者さんにそう案内されて、
祠の裏側へと回り込む。



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『ほら、これヒビ割れてますやろ?』


指した先はご神体の下部にある石垣のような部分。

たしかにご神体の下に鏡餅のような石が積まれていて、

それを支える土台となる石垣にピキピキッとヒビが入っています。



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『これ隣の木の根がやったんですわ』

『昔はご神体より低い木やったんですがね、どんどん育って根張って石を割りよったんや』



木の根強すぎ!



『崩れたら大変やから、我々で周りを石と柵で囲ったんです』



写真手前の白い石と柵がそれです。

補強が必要なほどとは・・・。



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『このご神体ね、もともと楕円だったんやけど』

『ある日、自然に欠けてしもうたんです』

『西に向かって座ってるようにも見えますやろ?』

『西方には極楽浄土がある言いますから、ご神体が極楽を向いたって話しとるんですわ』


たしかに座ってるように見えますよね。

自然に欠けてそういう風に見えるというのも、何か不思議なものです。


普段のように、
ただ散策で寄っただけでは分からない事を色々と教えてもらえる事ができて勉強になりました。

こういう出会いは本当にありがたいです。



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大阪市都島区の「鵺塚」

面白い場所なので、是非一度訪れてみてください。



ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。

※この記事の写真は2017年9・11月に撮影したものです。


【鵺塚(ぬえづか)】