私は大坂城が好きで、お城に関する本を色々と読んでいます。

とある本を読んでいた時、

「川崎東照宮」という神社の跡地を示す石碑が小学校の前にある

という情報を見つけました。


「小学校の前に石碑・・・? なにそれ見てぇ・・・」


どうしても実物を確認したくなったのですが、一人で小学校の前をウロウロして写真を撮っていたら完全なる不審者です。

こういう時は嫁のまーさんを利用するに限ります。


「小学校の前にある碑が見たいからついてきて」

「えー? 遠い?」

「それなりに・・・」

「えー・・・お昼ごはんどうするん?」

「外で何か美味しいもの食べようかと思ってる」

「それなら行くわ」



へへっ、チョロイもんだぜ。


そんなわけで今回はこの碑を目指して、散策を開始。



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場所は大阪北区天満1丁目

京阪国道と天満橋筋が重なる場所。

そこから一本ずれた細い道路沿いにある「滝川小学校」の門前に、その碑はありました。

すぐ近くには魔法瓶でお馴染み「象印」の本社ビルがあります。



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碑には「川崎東照宮跡」の字。
本当に学校の正門の前にある。

碑は後ろの白い塀をえぐるように居座っていました。

というより塀を作る際にあえてこういう形にする事で、人目につくように配慮したのかもしれません。

粋で面白い配置にますます心惹かれます。



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くぅぅ・・・塀が近すぎて横の説明が上手く撮れない。

諦めて反対側に回ります。



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反対側には碑を建てた日付けが。
昭和40年3月。



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碑の隣にはしっかりとした案内版がありました。

他の資料との解説も合わせて少し説明を。



徳川家康が没した後、子の二代将軍・徳川秀忠が家康を東照大権現という神様としてまつり、各地に東照宮を建てる事を命じた。

大阪ではこの場所に、当時の大坂城主・松平忠明たちによって「川崎東照宮」が建てられた。

一般人は東照宮の境内には入る事ができず、家康の命日に行われる権現まつりの時にだけ参拝する事ができた。

天保8年「大塩平八郎の乱」で本殿が消失。後に復興するが、明治6年に造幣局の敷地となり川崎東照宮は廃絶された。



東照宮といえば総本社となる「日光東照宮」が有名ですが、大阪にも分社があったんですね。

大阪では豊臣秀吉が「太閤さん」と呼ばれて特に親しまれているため、豊臣を滅ぼした徳川への信仰はあまり根付かなかったようです。



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小学校前に静かに佇む「川崎東照宮」の碑。

興味の湧いた方はぜひ一度訪れてみてください。




ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。

※この記事の写真は2017年10月に撮影したものです。


【川崎東照宮跡】