大阪屈指の観光スポットである新世界

ほぼ中央にはそびえ立つ通天閣

さらにその周辺には大阪名物の串カツ店が軒を連ね、派手な店構えで客の目を引き寄せる。

歩いているだけで大阪らしさを実感できる楽しい町です。


全国区のテレビ番組で大阪の町が紹介される時にも、イメージ映像としてこの新世界がよく登場します。



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写真を見てもやはり一番最初に目に飛び込んでくるのは左側の通天閣ではないでしょうか?

この観光客が溢れる繁華街にもひっそりと史跡の碑があります。

場所は通天閣の真下を通り抜け、そのまま正面にあるスパワールドへ進んで行くと見えてくるレトロな外観の建物跡のそば。

碑は写真のほぼ中央下にあります。



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『あったよ。これこれ』

『ほー・・・こんな所にもあるんやねぇ』


嫁のまーさんと、通り道で買った持ち帰り用の串カツをムシャムシャ食べ歩きながら到着。

1本100円の串カツを店のおっちゃんが紙コップに入れて渡してくれました。食べやすくて便利


この場所は碑よりも奥の建物の方が廃墟スポットとして有名。

私もそちら方面の情報から知った口で、以前現場を眺めていた時にこの場所に碑があるのを見つけました。


碑がある場所から先は温泉施設「スパワールド」の建物で実質行き止まり。

観光客どころか人の往来自体が少なくなります。

地元民のまーさんも、この辺には何度も来ていましたが碑があるのは知らなったくらいディープな場所です。



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碑には「大阪国技館跡」と刻まれています。



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すぐ隣には由来を説明する立て看板。

串カツと一緒に購入したどて焼きを開封しだしたまーさんを尻目に看板を読んでいきます。



大阪は江戸と並び相撲の興行が盛んで大阪相撲の伝統が築かれていた。

大正八年(1919年)に面積約2000㎡のドーム式建築「大阪国技館」が建てられた。

しかし大阪相撲の組織自体が衰退、昭和二年(1927年)に相撲興行の中心は東京の両国国技館となり「第二次世界大戦」前に建物は解体された。



この目の前にあるツタだらけの建物が国技館の一部なのかと思ってましたが、解体されたという事は違うのでしょうね。



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どて焼きをムシャムシャ啄ばむまーさんを放って、スパワールドの上から撮影。

ちなみに一枚目の写真もこの辺りから撮りました。

碑の前にはバリケードがあって間近に見ることはできません。

おそらく廃墟への侵入者が後を絶たないためだと思われます。



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過去に起きた火災で鉄骨のみが焼け残った建物。

この建物は長年放置されているそうで、中から白骨死体が発見されたという背筋がゾクッとするニュースもあるそうですよ。


・・・そのすぐそばでどて焼きを食べるまーさん


賑やかな繁華街を抜けたすぐ先に、人気がなく草木が生い茂る怪しげな廃墟。

中にはなぜか大量の靴が山のように置かれているとか。


・・・教えてないので何も知らないまーさん


見つかったのは白骨死体だけではなく、首吊り死体もあったそうな・・・。






ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。

危ないので廃墟には入っちゃダメですよ。

※この記事の写真は2017年9月に撮影したものです。


【大阪国技館跡の碑】