本日の記事は前回と同じ場所。


大阪市は大正区

JR環状線・大正駅の北側にある

「大正橋公園」からとなります。
※(たいしょうばし こうえん)



0217_01

こちらが「大正橋公園」


前回も登場した写真で、

公園東側の階段の上から

撮影したものなのですが……。



0217_02

実は写真の左側に

ポツンと石碑が建っていました。




0217_03

こちらが石碑。

に埋もれつつある。


左右対称型の碑なので

一対の石碑だと思われる。


後ろの建物がえらい事になってはるなー。
木もツタだらけやで。


一緒に来た嫁のまーさん

石碑の存在よりも

ロケーションが気になるようだ。


……言われてみると確かにすごい。



0217_04


ウェ~イッ!
石碑にからみついちゃうェ~イィッ!


が邪魔で下部分が読めない……。

勝手に育たないでほしい。



0217_05

ちょっと退いてもらった。

人間の力を思い知れ。


碑は右から

「皇紀二千六百年」

「三軒家濱一〇〇」
※(〇〇の部分は判読できず…)

と刻まれていた。



「皇紀二千六百年」と刻まれていて

なおかつ一対となっている石碑……。


これは以前から各地で発見してる

「国旗掲揚台」かもしれない。
※(こっき けいようだい)


昭和時代の石造物で、

日本国旗を掲げるための土台として

日本各地に存在するそうだ。



0217_06

左側の碑、左側面。

丸い穴を埋めた形跡がある。



ちなみに、左側の碑に刻まれていた

「三軒家濱一〇〇」については、


かつてこの辺りに

「三軒家濱(浜)通」という
※(さんげんや はまどおり)

町名が存在していたようなので

おそらく旧町名だと思われる。



0217_07

石碑の裏側。


何も刻まれてなかったけど、

内側にも丸い穴を埋めた跡があり

穴が貫通していたことがうかがえる。


「国旗掲揚台」は、この穴に金具を付けて

国旗を掲げる柱を立てていたそうなので

やはりこれは掲揚台だと思われる。



0217_08

右側の碑、右側面。

「昭和15年2月〇〇」

と後半部分が地面に埋もれていた。

……おそらく碑の建立日だろう。


文字が全部読めないねぇ…。

これ本当はもっと長い石碑ちゃう?
昭和の字がかなり下のほうやし。


碑文のバランスを考えると

土の中に一部埋まってるように思える。

どこかから移設されて来たのかな?



ちなみに昭和15年(1940年)

「紀元(皇紀)二千六百年記念」として

日本各地で様々なイベントが

開催されていたとのこと。


これが国旗掲揚台なら

その頃に国旗を掲げる役割を

持っていたのだろう。



0217_09

少し遠くから碑を眺めた写真。


この大正橋公園

周囲よりも低い平地にあるので、

かなり長い柱が設置されていたと考えられる。



0217_10

というわけで

大正橋公園にあった謎の石碑は

「国旗掲揚台」だと思われます。



前回紹介した

「木津川口 遠見番所跡」の案内板もありますので

ぜひ一緒に眺めていってみてください。



※この記事の写真は2020年7月に撮影したものです。


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【大正橋公園の謎の石碑】



最寄り駅は
JR環状線・大正駅
大阪メトロ・大正駅

大正橋公園の北東側の階段近くに石碑があるよ!