この日は西区にある

大阪メトロ・肥後橋駅の周辺を散策。
※(ひごばし えき)


肥後橋エリアは

高層ビルが建ち並ぶオフィス街

平日は大勢の人が行き交っています。



0113_01

駅の東側を南北に走る

「阪神高速道路」の高架沿いを、

南に向かってず~っと歩いていると……。


庭園のようなスペースを発見。



0113_02

場所は「京町堀 一丁目」
※(きょうまちぼり いっちょうめ)


地図で確認すると、

ここは「京町堀公園」という

れっきとした公園であることが判明。


ちなみに、ここから西方向へ進むと

西区を代表する巨大公園、

「靱公園」に辿り着ける。
※(うつぼ こうえん)



0113_03

庭園のような場所にあった石積み。

よく見ると、何かが書いてある。


石碑やん。

もっと良い反応しようよ。

・・・・・・。

せ、せ、石碑やんっ!?


なんかムカッとくる反応をする

嫁のまーさんと一緒に

さっそく石碑を確認してみる。



0113_04

石碑には

「京町堀川跡」
※(きょうまちぼりがわ あと)

と刻まれていた。


町名と同じ名前をした、

「京町堀川」が昔ここを流れていた。

……ということを示す石碑のようだ。



この周辺、西区の北部エリアは

江戸時代に堀川(河川)がいくつも開削され、

昭和時代に埋め立てられている。


「京町堀川」も同じような流れで

開削された川だと思われる。



0113_05

石碑をよく見ると

他にも小さな文字が刻まれていた。


「京盛会復興
 三十周年記念 建立
 京町堀第一振興町会
 昭和五十五年四月」

「題字 大阪市長 大島靖 揮毫」


この石碑が建立されたのは

昭和55年(1980年)4月


石碑の文字を書いた人物は

14代目の大阪市長「大島 靖」氏。

……とのこと。



0113_06

横から眺めた石碑。

川のようにうねった巨石だ。


真ん中がグッニャァ~っなっとるな。

文字掘るの大変だっただろうなぁ。


どういう経緯の石材なんだろう。

もしかして、川にあった石かな?



0113_07

周辺に説明版などが無かったので

家に戻ってから色々と調べてみました。


詳細は以下の通りです。




「京町堀川跡」
※(きょうまちぼりがわ あと)

元和3年(1617年)
『大坂の陣』の後。
京都より移住した町人によって「京町堀川」が開削された。
西横堀川からの支流となる川で、
西側の百間堀川まで全長1.1kmの長さがあった。

昭和30年(1955年)
「京町堀川」が埋め立てられた。




写真の奥に見える阪神高速の高架……。

あの場所にはかつて

「西横堀川」が流れていました。
※(にしよこぼりがわ)


その西横堀川から延伸する形で

西方向に開削されたのが「京町堀川」


京町堀川は、

現在の靱公園の北端を沿って

木津川方向まで繋がっていました。


当時の木津川には

「百間堀川」という支流があり、
※(ひゃっけんぼりがわ)

正確にはそこに合流していたそうです。



……ややこしいな西区の川。



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「京町堀公園」で暮らすパンダ。


パンダおるやん!

いい顔してるな!
写真撮ろ。

上野動物園に行かんでも、ここにおるんやな。

レンタル料いらないから、コイツの方が格上かもな。


先ほどの長い解説文で疲れた方は

パンダに癒されてください。



0113_03

かつてこの辺りに

川が流れていたことを伝える

「京町堀川跡」の碑



靱公園の北東端から東へ進んだ

「京町堀公園」にあるので

ぜひ訪れてみてください。



※この記事の写真は2020年6月に撮影したものです。


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【「京町堀川跡」の碑】



最寄り駅は
大阪メトロ・肥後橋駅

パンダもいるぞ!