この日は東大阪市にある

近鉄・東花園駅の周辺を散策。
※(ひがしはなぞの えき)


東花園駅はラグビーの聖地として知られる

「花園ラグビー場」

という運動場の最寄り駅です。



0519_01

ここは東花園駅の南口の辺り。


駅の裏手にあたる場所なので、

華やかな北口の駅前通りと違って

閑静な住宅街になっています。



0519_02

駅のすぐ南側には

「恩知川」
※(おんち がわ)

という川が流れているため、

駅南口の道は川の堤防へと続いています。



0519_03

堤防へと至る道を歩いていると

巨大な石碑を発見。


フェンスの所に石碑が建ってるよ!

ホンマや!
でっか!


一緒に来た嫁のまーさん

さっそく石碑を確認してみることに。



0519_04

石碑には

「恩知川改修記念碑」
※(おんちがわ かいしゅう きねんひ)

と刻まれていた。



名前の通り、

「恩知川を改修した時に設置した記念碑」

だと思われる。



0519_05

石碑の裏面。


四角い窪みに碑文が並んでいるけど

フェンスにさえぎられて読めない。


フェンスの隙間から撮ったらええんちゃう?


簡単に言ってくれるけど

坂道の途中に石碑が建ってるから

撮るのが難しいんだよ……。



0519_06


ウェ~イッ!!

今日も茂っちゃってるゥ~!!


ほれ見ろ!

草共にピントが合ったじゃねーか!

茂るな!!



0519_07

ピントを合わせて裏面を撮影。


こちらの石碑は

昭和9年4月30日に建立
された模様。


かなり昔に刻まれた文字なので

読むのが難しい……。



0519_08

碑文を拡大したもの。

詳細は写真をご覧ください。


判読した内容について

分かる範囲で現代語にまとめ、

以下に記していきます。



「恩知川 改修記念碑」
※(おんちがわ かいしゅう きねんひ)

「恩知川」は中河内郡東部から
寝屋川へと合流する河川である。

明治初年に河川の工事を行ったが、
土砂が堆積して氾濫を繰り返した。

大阪府は地元の8つの村による
「東部恩智川普通水利組合」を組織。
4年の歳月をかけて恩知川を改修した。




昭和の初期に

恩知川を改修した記念碑
とのこと。


大雨が降ると、

東の生駒山から水や土砂が流れ込んできて
※(いこま やま)

恩知川を氾濫させたため、

地域の方々で治水工事を行ったようです。



石碑の建立が昭和9年(1934年)で、

工事に4年掛かったということは

昭和5年(1930年)頃に改修が始まったのかな?



0519_09

石碑の背後にある石の土台。


石碑が刺さりそうな感じの穴があるで。

そこに刺したらきっと光るよ!

たっくさん、ゲームやりすぎやな…。


元々はこの土台に建っていて

移動したものと思われる。


もしかしたら倒れたのかな?

石碑の左上、ちょっと欠けてるし……。



0519_10

駅の南口近くにあった

「恩知川」の看板。


恩知川はここからずっと南にある

柏原市の高尾山が水源。
※(かしわばらし の たかおやま)


そこから八尾市・東大阪市・大東市

市をいくつも跨いで寝屋川へ合流する。



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堤防から「恩知川」を眺めた景色。


現在の様子を見ると、水量は少なく

綺麗で静かな川のように思える。



色々と調べていくと

記念碑建立後の昭和48年(1973年)

またしても川が氾濫し、

再度治水工事が行われた記録があった。


先人の苦難と努力の結晶が

この整備された堤防だと思うと感慨深い。



0519_12

石碑の位置から北方向を眺めると

東花園駅の駅舎が見える。


うっ…写真に指が入っちゃった…。

あーあ…またやってもうたん?
ブログでは使わない方がええやろな。

いや…なんか適当に誤魔化すわ。


・・・・・・。


左上に不思議な物体が写り込んでますが

これはただのUFOです。はい。



0519_07

川の氾濫を防ぐために

地域の人々が尽力した功績を示す

「恩智川 改修記念碑」。



近鉄・東花園駅の南側にあるので

ぜひ眺めていってみてください。



※この記事の写真は2019年11月に撮影したものです。


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【恩智川 改修記念碑】



最寄り駅は
近鉄・東花園駅

東花園駅・南口の堤防近くに石碑があるよ!