本日は昨日と同じ場所、

JR環状線・玉造駅の周辺を
※(たまつくり えき)

散策した時のお話です。



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ここは玉造駅からすぐ東にある

「東小橋北公園」という小さな公園。




1205_02

公園の西側の道を北へ歩いていると

遠くの方に見覚えのある石碑が……。


写真の中央やや左辺りです。



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この石碑は「旧町名継承碑」


昭和時代の区画整理で消滅してしまった

昔の町名を現代に伝えるために

大阪市が設置したものです。


道路の向こうの「きくや」っておでん屋さんが気になる…。

あの「関東煮」って書いてるお店?

そう、結構人が入ってはんねん。


嫁のまーさんが言う通り、

たしかにお客さんが沢山いる。


まだ昼だけどすでにお酒が入っていて

楽しく盛り上がってる雰囲気だ。



ちなみに大阪では「おでん」のことを

「関東煮」と呼ぶそうで、

読み方も「かんとだき」と少々特殊です。



……何でおでんの話をしてるんだ?



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石碑の前に公園の柵がある。

ちょっと見にくい……。


あれ?
ここの旧町名「黒門町」って書いてある。

黒門町?
玉造駅前の郵便局にあった継承碑と同じ名前やん!?

あっ!
これ、区が違うってことか!

同じ名前の継承碑が2個あるパターンか!
前にもどっかにあったなー。


昨日紹介した「黒門町」の継承碑

「中央区」が設置したもので、

今回のは「東成区」が設置したもの。



区画変更の際に

町が分割されてしまったため、

両区に設置されたという経緯です。



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ひとまず碑文をチェック。

少し汚れている箇所はぼかしました。


この辺りの旧町名は「黒門町」

読み方は「くろもん ちょう」


内容を全部写すと長いので

簡単にまとめて記していきます。



「黒門町」
※(くろもん ちょう)

昭和10年2月
大阪市東区の中道黒門町だった当地が、
「黒門町」となる。

昭和18年3月
行政区画変更にともない、
JR環状線の東側以東が「東成区」に編入された。

昭和45年9月
住居表示の実施にともない「黒門町」は、
中道三丁目・東小橋一丁目の各一部となった。

町名の由来は
黒塗りの大坂城玉造門が存在した
地域であったという伝承から。




やはりJR環状線を境に

「黒門町」中央区東成区

分かれてしまったようです。


こうして同じ町名を示す継承碑が

複数存在するというのも面白いですね。



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公園側から継承碑を眺めた風景。


写真のファミリーマートに続く道を

そのまま進んでいくと

JR環状線・玉造駅がある。



1205_04

区画変更によって2つ存在する

「黒門町」の旧町名継承碑



中央区版も近くにあるので

こちらも眺めていってみてください。



※この記事の写真は2019年5月に撮影したものです。


話に出てきた「黒門町(東成区)」版はこちらから。





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【旧町名継承碑「黒門町(東成区)」】



最寄り駅は
JR環状線・玉造駅
大阪メトロ・玉造駅

MAPの「東小橋北公園」の北西角にあるよ!