この日は浪速区にある

恵美須町駅の周辺を散策しました。
※(えびすちょう えき)


大阪の観光地として知られる

新世界日本橋に繋がる駅です。



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駅からへ進み、

天王寺公園の北側にある

小さな路地を歩いていると……。


公園脇の植え込みに

見覚えのあるアイツを発見。



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近くにあった街区表示板。

場所は「下寺三丁目」




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アイツに近寄ってみる。

間違いなく「旧町名継承碑」だ。


後ろにあるフェンスと同化して

同じような色合いで錆びついている。


……なんで石碑なのに錆びるの?

ん…?
そう言うたら石やなアレ…。


錆びた水が降ってくるんだろうか?

どんな気持ちであそこにいるんだろう。



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知らない方のために説明すると、


「旧町名継承碑」とは

昭和時代の区画整理で消滅した

昔の町名を現代に伝えるために

大阪市が設置した石碑。



この中央の青いプレート

昔の町名の経緯などが書かれてます。



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どうやらこの辺りは昔、

「逢阪町(逢坂町)」

という町名だったようだ。


読み方は

「おうさか ちょう」



詳細については写真をご覧ください。

「逢阪町(逢坂町)」に関する部分のみ

以下に書き記していきます。



「逢阪町(逢坂町)」
※(おうさか ちょう)

昭和37年5月
府道大阪奈良線を境に浪速区へと編入された、
逢阪下之町の一部である当町が「逢阪町」となった。

昭和55年11月
住居表示の実施にともない、
「逢坂町」下寺三丁目の一部となった。

町名の由来は
一心寺と安居神社との間に通じる坂、
「逢坂」の名から。




先日紹介した「天王寺七坂」の一つ、

「逢坂」が町名の由来とのこと。


「逢阪町」ではありませんが、

一心寺安居神社を含む一帯が

現在「逢阪」という町名になっています。


昭和時代の道路開発によって

この下寺三丁目となったエリアは

逢阪から切り離されてしまったようですね。



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奥にある公園。

5m以上はあるフェンスに囲まれていて

出入口の扉は施錠されていた。


めっちゃ厳重にガードされとるなー。

過去に何かあったのかな?

不審者が住み着いとったのかもしれへんね。


家の無い人対策だとしても

こんなに高いフェンスって必要なのかな?



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不思議なことに

この公園は地図に名前が存在せず

現地にも公園名を示すものが無かった。


写真の看板を見る限りでは

公園に間違いなさそうだけど、

なんだかよく分からない空間だ……。



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不思議な公園の前にある

「逢阪町(逢坂町)」の旧町名継承碑


近くを通り掛かったら

ぜひ眺めていってみてください。



※この記事の写真は2019年5月に撮影したものです。


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【旧町名継承碑「逢阪町(逢坂町)」】



最寄り駅は
大阪メトロ・恵美須町駅
阪堺電車・恵美須町駅

天王寺公園の北側にある小さな公園だよ!