この日は西成区

天下茶屋駅の近くにある、
※(てんがちゃや えき)

「天下茶屋駅筋商店会」を散策。



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天下茶屋駅のすぐ北側の路地が

「天下茶屋駅筋商店会」


この商店街の通りを

西端まで進んで行くと……。



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国道26号線の大通りと合流。

ここに「旧町名継承碑」がありました。


昨日の「天下茶屋駅筋商店会」の記事に出てきたヤツだ!



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知らない方のために説明すると、


「旧町名継承碑」とは

昭和時代の区画整理で消滅した

昔の町名を現代に伝えるために

大阪市が設置した石碑のこと。



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この青いプレート

旧町名の経緯などが書いてある。


なんか黄色い線でラクガキされてる…。

その横にも引っかき傷みたいなんあるで。

ヒドイなぁ…謝りなさいよ。

何でウチが謝んねん!



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傷の入った継承碑によると、

この辺りは昔

「柳通一~七丁目」

という町名だったようだ。


読み方は

「やなぎどおり いち~なな ちょうめ」


詳細については写真をご覧ください。

以下、簡単に書き記していきます。


「柳通一~七丁目」
※(やなぎどおり いち~なな ちょうめ)

大正14年4月
西成郡今宮村・木津村の一部が大阪市に編入され、
西成区「柳通一~七丁目」となった。

昭和48年11月
住居表示の実施にともない
「柳通一~七丁目」は、
岸里一丁目・花園南二丁目・潮路一~二丁目・橘一~三丁目・千本北二丁目の各一部となった。

町名の由来は旧字名による。
※(字名=その地域の一区画のこと)



由来が淡泊すぎて、よく分からないね…。

なんで「柳通」って付いたのかが知りたいんやけどなぁ。


旧町名を継承したいなら

もっと詳しく書いてくれ…西成区役所め。



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継承碑のすぐ横に

お地蔵様が鎮座していた。

こちらは「柳地蔵尊」というお名前。


「柳」繋がりだったので調べてみると、

「柳地蔵尊」
※(やなぎ じぞうそん)

ここには昔、大きな柳の大木があって
その下にお堂を建立した経緯から
「柳地蔵尊」と名付けられた。


……ということが分かった。


旧町名の「柳通」

この柳の大木が経緯かもしれないですね。



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「柳地蔵尊」の横で旧町名を静かに伝える

「柳通一~七丁目」の旧町名継承碑



近くを通り掛かったら

ぜひ眺めていってみてください。



※この記事の写真は2019年8月に撮影したものです。


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【旧町名継承碑「柳通一~七丁目」】



最寄り駅は
南海・天下茶屋駅
大阪メトロ・天下茶屋駅

お地蔵様のお堂が目印だよ!