この日は浪速区にある

大阪メトロ・大国町駅の周辺を散策。


駅から北西の方向に進んでいくと

「鴎町公園」という
※(かもめまち こうえん)

公園に辿り着きました。



……カモメって「区」「鳥」と書いて

「鴎」になるのか。

カタカナの「メ」を囲ってカモメ。

「カモメはかこメ」で覚えたぞ!



「いつかどこかで使えそうな知識だけど
 使う時には忘れてそうなシリーズ」

の箱にでも入れておくとしよう。



0725_01

ここが「鴎町公園」

遊具などが置いてある

普通の公園です。


あそこに石碑あるで。

本当だ。何の石碑だろう?


嫁のまーさん石碑を発見。

大阪の公園って

結構石碑が置いてあるね。



0725_02

こちらが石碑

右側の細長い石碑だけかと思ったら

碑文が刻まれた巨石もあった。



0725_03

碑には

「折口信夫生誕の地」

と刻まれている。


おりぐち…のぶお?

うーん、多分…。

どういう人なのかな? この人知ってる?

分からへんなぁ。

生誕の地ってことはここで生まれた人なんやろなー。


残念ながら、まーさんも知らず。

というわけで

家に帰ってから調べてみました。



「折口 信夫」
※(おりくち しのぶ)

明治~昭和初期にかけて活躍した
歌人・民俗学者
※(歌人=短歌を詠む人)

「釈迢空」の名で歌人として活動し、
※(しゃくちょうくう)
歌集に留まらず、詩集・小説なども発表。

独創的な思想は「折口学」と称され、
後世の学問体系となっている。




なんか難しい説明になりましたが、

歌人であり、学者でもある

立派な方だったようです。



「信夫」と書いて「しのぶ」なんですね。

「のぶお」って呼んでごめんなさい……。



0725_04

碑の左側面。

「市制施行70周年記念
 昭和35年3月 大阪市建立」

と書いてある。


昭和35年というと1960年。

約60年前の古い石碑だ。



0725_05

右側面は何もなし。




0725_06

碑の裏側には碑文が刻まれていた。


「歌人・文学博士の折口信夫氏は
 明治20年(1887年)2月11日、
 鴎町一丁目1231番地に生まれた


大阪市のサイトによると

正確な生誕地はこの公園ではなく、

2筋ほど南になるそうです。


生誕地は普通の住宅街なので

公園に石碑を設置したんでしょうね。



0725_07

お隣の巨石

岩の表面を削って碑文が刻まれている。

文学碑などで見かけるタイプだ。



0725_08

巨石の碑文。

折口信夫全集の一部を引用した文で、


ここから少し南東の方向にある、

「今宮戎神社」
※(いまみや えびすじんじゃ)

「十日戎」という祭事に
※(とおか えびす)

人が集まっている様子が書かれている。



現在も、正月の風物詩として知られ

盛況な祭事となっている十日戎。

「当時も活気に溢れていたんだなぁ……」

と情景が伝ってくる文ですね。



折口信夫さんは

20代の半ばまで大阪に住んでいました。


著書に地元のお祭りの話が出てくると

大阪の人なんだと、しみじみ感じますね。



0725_09

巨石の裏側。

説明書きが刻まれていた。


ここにしっかりと

「おりくち しのぶ」と書いてある。


「のぶお」ちゃう!

「のぶお」じゃない!

「信夫」で「しのぶ」は難易度高いわー。

ルビを見てからなら読める。不思議!


折口信夫氏について調べたのは

家に帰ってからだったので、

ここでようやく名前の読み方を知る。


「『しのぶ』の読み方はズルイ」

という結論に至った。



0725_02

歌人・文学者の「折口信夫」氏が

浪速の町で生まれ育ったことを伝える

「折口信夫 生誕の地」の碑。



鴎町公園を訪れたら

ぜひ眺めていってみてください。



※この記事の写真は2019年2月に撮影したものです。


↓↓ブログランキングに参加中です↓↓
  よかったら押していってね






【「折口信夫 生誕の地」の碑】



最寄り駅は
地下鉄・大国町駅

「鴎町公園」は大国町駅から北西にあるよ!