この日は西区にある癒しスポット

「靱公園」の周辺を散策。
※(うつぼ こうえん)



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横長の靱公園の西園部分から

北方向に歩いて行くと、

「花乃井中学校」という学校に
※(はなのい ちゅうがっこう)

辿り着きました。



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この花乃井中学校の北東角

史跡のような空間を発見。


なんか変わったモノあるでー。

本当だ。何だコレ…?

柵の中でよく見えないなぁ。

奥に石碑みたいなの建ってるで。



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柵越しから覗いてみると

確かに大きな岩を土台にして

その上に石碑が建っている。


他にも石灯籠、石の囲い、石のベンチ、

石碑も複数あるのが見える。

……メデューサにやられたの?



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柵の隙間から撮影。

古風な庭園のような景観だ。




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一番高い所の碑には

「此花乃井」
※(このはな の い)

と刻まれていた。


「井」「井戸」

これは井戸に関する石碑らしい。



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下の碑文が刻まれた石碑。

昭和15年に建てられたもので

少し字が難しい上、遠くて読めない……。


というわけで

「此花乃井」について調べてみた。



「此花乃井」
(このはな の い)


江戸時代、この地には

石見国・津和野藩の蔵屋敷があり、
※(いわみのくに つわのはん=現在の島根県)

「此花乃井」はその屋敷内にあった井戸


良質な水が湧くことで知られており

浪速三大名水の一つと呼ばれた。


明治天皇が行幸された際に献上され

「此花乃井」の名を授かる。


大正13年(1924年)

この地にあった江戸堀小学校の改築により

井戸は石蓋をされて埋められた。


昭和15年(1940年)11月、

地元の有志によって復元された。



元々は蔵屋敷の井戸だったんですね。


現在の井戸は復元されたモノなので

名水は湧き出てません。

……残念。



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こちらが復元された井戸

実は昭和58年(1983年)に移築されたもの。


元々の井戸の場所は中学校の南西部

校庭内にあったとのこと。



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奥にあったもう一つの石碑。

「記念之碑」と書いてあるけど

遠すぎて碑文は読めなかった。



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石碑の横をよく見ると

「花乃井橋」と刻まれた橋の柱もあった。

これは橋の史跡だ。


調べてみたところ、

昔あった「江戸堀川」という

川に架けられていた橋らしい。

名前の由来はもちろん「此花乃井」から。



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さらに横、柵の近くにも

ちょっと新しい色合いの石碑があった。


あそこにも石碑あるで。

色々あるなぁ。



0626_11

柵の近くの碑には

「江戸堀尋常小学校跡」

と刻まれていた。


こちらも調べてみたところ、

なんと津和野藩の蔵屋敷

再利用して小学校にしたらしい。



「江戸堀尋常小学校跡」
(えどぼり じんじょう しょうがっこう あと)


明治5年(1872年)、
西大組第四区小学校が開校。
後に花乃井小学校と改称される。

明治20年(1887年)
江戸堀尋常小学校と改称。
その後も近隣小学校の統廃合などで改称される。

昭和21年(1946年)、
昭和の戦災に遭い、
西船場国民学校に統合され廃校となる。



明治時代から現在に至るまで

ここはずっと学校の敷地になんですね。



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現在はオブジェでしかない「此花乃井」


それでも雰囲気は素晴らしい。

愛着を込めて復元したのが伝わってくる。



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かつて名水が湧き出ていたことを伝える

「此花乃井」の復元と記念碑。


同じ場所に設置されている

「江戸堀尋常小学校跡」の碑

「花乃井橋」の親柱

一緒に眺めていってみてください。



※この記事の写真は2019年1月に撮影したものです。


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【「此花乃井」と「江戸堀尋常小学校跡」】



最寄り駅は
京阪電車・中之島駅
地下鉄・阿波座駅

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