この日は大阪キタの歓楽街

JR北新地駅の周辺を散策しました。



0509_01

ここは歓楽街の通りから離れた

「堂島」の町の南西端


「NTTテレパーク堂島」という場所で、

NTT西日本が管理している

なんかの施設です。



0509_02

このNTTテレパーク内にある

「第3ビル」南西角

扇形の石材が置かれていました。



0509_03



『…なんだコレ?』

『なんやろな。
 アートっぽさがあるなー』



前衛芸術作品のように見えるけど

何なのかさっぱり分からない。


嫁のまーさんと一緒に

もうちょっと調べてみることに。



0509_04

下側中央にプレートがあった。


「1927-1966
 山田 守 作」


と書いてある。


名前を調べてみると、

大正時代から昭和にかけて活躍した

建築家の方であることが分かった。



0509_05


真正面から。



『真ん中のは手掲げてる人かな?』

『そうみたいやねー』

『…それにしても
 首がえらい曲がってるな』

『折れるで、この人』


『あと、北斗七星みたいな
 星座の模様があるね』

『あー…ホンマやな』

『これ「北斗の拳」に出てくる
 ザコキャラちゃう?』

『えっ…』



北斗の拳のザコキャラと

NTTに何の因果関係があるというのか。



0509_06

裏側を確認してみると

プレートのようなものを発見!

……でもかなり狭い。



『入り込めそうだけど
 上手く撮れるかなー』

『んんー…んんッ』

『ンンッ…ぐぅうふひぃッ!』

『なんちゅー声出しとんねん…』



なんとか全体を撮ろうとしたけど

壁に手をこすって変な声が出た。



0509_07

頑張って撮ったのがコチラ。


「大阪中央電報局跡」
※(おおさか ちゅうおう でんぽうきょく あと)


と刻まれている。



詳細については

首をナナメにして写真をご覧ください。

簡単にまとめた内容を

以下に記していきます。



「大阪中央電報局跡」


昭和2年(1927年)、この地に

「大阪中央電報局」が建設された。


ローマ式の近代建築で

白亜の殿堂や不夜城とうたわれ、

大阪名所の一つとして衆目を集めていた。


昭和40年(1965年)

電信事業合理化のため玉江町へ移転




「大阪中央電報局」というのは

NTTの前身「電電公社」のさらに前身で、

電報等の通信業を取り扱う機関とのこと。



この扇状の石材は

「ここに大阪中央電報局があったよ」

という記念碑であることが分かりました。



0509_08



『体通るんやから
 こんなの撮るの楽勝やろ』

『じゃあやってみ』

『ええでー』


「・・・・・・」

『んー…』

『思ってたより狭いなぁ…』


『んー…んん…!』

『んんッ…ンンッ…いぐぇッ!?』

『それみろ』



壁に手をこすって痛めるまーさん

なんか北斗の拳のザコキャラみたいな

悲鳴を上げていた。



0509_09

ザコキャラが撮った写真。

私の写真とあまり変わらない。




0509_10

ちなみにこちらの記念碑は

昭和45年に電電公社(現在のNTT)が建立。



「大阪中央電報局」の建物は

移転の翌年となる昭和41年(1966年)に

撤去されたようです。



0509_03

大阪の名所になっていた近代建築が

この地にあったことを示す

「大阪中央電報局跡」の記念碑。



近くを通り掛かったら

ぜひ眺めていってみてください。



※この記事の写真は2019年1月に撮影したものです。


↓↓ブログランキングに参加中です↓↓
  よかったら押していってね






【「大阪中央電報局跡」の記念碑】

※MAP「NTTテレパーク堂島 第3ビル」の南西にあります。


最寄り駅は
京阪電車・渡辺橋駅