この日は
大阪市鶴見区と守口市にまたがる
「鶴見緑地」の周辺を散策しました。
鶴見緑地は
1990年に花博(EXPO'90)が開催された
大型の都市公園です。
ここはそんな鶴見緑地を東西に貫く
「花博通り」という大通り。
……の最西端。
『ここの信号待ち、長いねぇ』
『そうやねー』
『ところであそこの
向かい側の歩道なんやけど…』
『工事の格好した人達が見てるのって
石碑ちゃう?』
『あっ!』
『ウチが先に気付いたから
ウチの手柄やね』
工事の人達が石碑を眺めているのを
嫁のまーさんが発見して、
それを聞いた私も石碑を発見。
この流れを簡略化すると
「私が石碑を発見」となるため、
要するにこれは私の手柄です。
信号を渡って向かい側の歩道に到着。
この石碑の形は間違いなく、
「旧町名継承碑」だ。
『こんな道路に囲まれた
歩道にも置いてあるんやなー』
この私が見つけた継承碑に
まーさんも興味津々だ。
知らない人のために説明すると、
「旧町名継承碑」は
昭和時代の区画整理で消滅した
昔の町名を現代に伝えるために
大阪市が設置した石碑のこと。
知ってる人は
毎回同じ説明で飽きてきたと思うので
鳥語で解説するよ。
「クェクエェー」クェ、
クゥエ、クェクェ、クェッ
クェエエー、クックェー
クェクェクェ、クエェエーッ!
説明文によると、この辺りは昔
「古市南通五丁目」
という町名だったようだ。
読み方は
「ふるいち みなみどおり ごちょうめ」。
詳細は写真をご覧ください。
「古市南通五丁目」に関する部分だけ
以下に抜粋していきます。
「古市南通五丁目」
昭和12年11月
旭区今市町・千林町・鶴見町の各一部が
「古市南通五丁目」の一部となった。
昭和18年4月
行政区画の変更で「城東区」に編入。
昭和49年7月
分区にともない「鶴見区」に編入。
さらに住居表示の実施にともない「古市南通五丁目」は、
鶴見四~五丁目の各一部となった。
町名の由来は
当町域が「古市郷」と総称されていたためで、
その南部に位置するため「南通」の付称がついた。
調べてみたところ、町名の由来になった
「古市郷」というのは
※(「郷」は「里・集落」を指す言葉)
この辺り一帯(かなり広域)の名称で、
10世紀頃にそう呼ばれていたとのこと。
この辺りは古代から
人が生活している場所だったんですね。
継承碑の背後には
ファミレスみたいな外観をした
カラオケボックスがある。
ちなみにカラオケボックスの所在地は
「城東区 古市」。
区は変わってしまうけど
現在も「古市」の町名が残っている。
花博通りの最西端にある
「古市南通五丁目」の旧町名継承碑。
近くを通り掛かったら
ぜひ眺めていってみてください。
※この記事の写真は2019年3月に撮影したものです。
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【旧町名継承碑「古市南通五丁目」】
※MAPの「カラオケSHIDAX」向かい側の歩道にあります。
最寄り駅は
地下鉄・今福鶴見駅
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