本日は昨日と同じ場所。


京阪・中之島駅のすぐ近くにある

「リーガロイヤルホテル」から。



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こちらは昨日の記事から

持ってきた写真。


「リーガロイヤルホテル」

正面玄関を撮影したものです。



……実はこの風景の中に

石碑が一つ写り込んでいます。

写真左側の中央辺りをご覧ください。


ほらね。



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ほらねのヤツ。



『ここめっちゃ石碑あるやん!』

『旧町名継承碑と蔵屋敷跡の石碑と
 あそこので3つ目だね』

『そりゃホテルも
 自分でロイヤル言っちゃうよ』

『そうやな。
 これはロイヤルやわっ』



嫁のまーさんと一緒に、

リーガロイヤルホテル

ロイヤルっぷりに感心しながら

石碑に近づいてみる。



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こちらが石碑

「明治天皇聖躅」
※(めいじ てんのう せいちょく)

と刻まれている。



『石碑の内容までロイヤルだ!』

『天皇やから
 ホンマにロイヤルやん!』



よく見たら隣の木も

電飾だらけでなんかロイヤル。

ロイヤルピカピカウッド。



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碑を真正面から。



この「明治天皇聖躅の碑」


『明治天皇がここに来ましたよー』


という記念で建てられたもの。



これまでにも同じ名前の碑を

いくつか発見しています。



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碑の右側面。

「大阪紙砂糖製造所址」
※(おおさか かみさとうせいぞうしょ あと)

と刻まれている。



『紙砂糖?』

『なんやろな…初めて聞くけど』

『オブラートみたいな薄紙っぽい形の
 砂糖を作ってたのかな?』

『えー…そんなん見たことないで。
 それ何に使うん?』

『ケーキの上にレースを掛けるように
 ふわっと乗せてたとか』

『あー、オシャレっぽいなぁ』


『明治の頃だから、西洋文化の影響で
 そういうの作ってたんじゃない?』

『砂糖みたいな崩れやすいもんで
 そんなことしてたんやなー』

『すごい技術だね』

『それは明治天皇も来はるわ』




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……この時は

すごくオシャレな砂糖を想像してたけど

帰ってきてから調べてみると、



「大阪紙砂糖製造所」


「真島 襄一郎」という
※(まじま じょういちろう)

明治時代の実業家が経営していた

「紙」と「砂糖」を製造する工場



……ということが分かった。


製紙製糖の兼業をしていたから

まとめて「紙砂糖」

称していたようですね。



パティシエが作るような

創作スイーツ風の砂糖を想像していた

私達のイメージを返して……。



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左側面。

この碑は大正14年5月10日に建立



明治時代、この場所にあった

「大阪紙砂糖製造所」

明治天皇が行幸されたのは
※(行幸=ぎょうこう=天皇が外出すること)

明治10年(1877年)2月とのこと。



当時、製糖業は経営不振でしたが、

製紙業は好調だったそうです。


その製紙業も後に不調となっていき、

明治15年(1882年)

事業を売却してしまったとのこと。



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裏面も確認したかったけど、

植え込みの中にある状態なので

残念ながら確認できず……。



他で発見した「明治天皇聖躅の碑」には

碑の建立に携わった

「大阪市青年聨合團」
※(おおさかし せいねん れんごうだん)

という団体の名が刻まれていたので、


おそらく裏面には

この字が彫られている……はず。



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明治時代、この地に

製紙・製糖の工場があったことを示す

「大阪紙砂糖製造所址」の碑。



近くを通り掛かった際は

ぜひ眺めて行ってみてください。



※この記事の写真は2019年1月に撮影したものです。


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【「大阪紙砂糖製造所址」の碑】



最寄り駅は
京阪電車・中之島駅