この日は大阪ミナミの繁華街から

ほんの少し西側にある

「JR難波駅」の周辺を散策。
※(なんば えき)



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ここはJR難波駅から

さらに西へ進んだところにある

「なにわ筋」という大通り。



向かい側にあった

お寺のような建物を眺めていると、

見覚えのある石碑を発見。



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あの大きな門の手前にある

細長い穴が開いてる白いアレです。




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横断歩道を渡って、

反対側の歩道へ。




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あった!

やはり「旧町名継承碑」だ。




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「旧町名継承碑」とは、


昭和時代の区画整理で消滅した

昔の町名を現代に伝えるために

大阪市が設置した石碑のこと。



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この中央の青いプレート

町名やその経緯が書かれている。



……それはそうと、

継承碑の下側部分が

なんか不自然に白くなっている。


ラクガキでもされて

上から塗りつぶしたんだろうか?



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この辺りは昔、

「西円手町」

という町名だったようだ。


読み方は

「にし えんて ちょう」



こちらは先週の記事で紹介した

円手町」

対になる継承碑ですね。



詳細については写真をご覧ください。

「西円手町」に関わる部分のみ

以下に書き記していきます。



「西円手町」

明治33年4月
南区難波大字難波だった当地が
「難波西円手町」となった。

大正14年4月
行政区画の変更にともない、
「浪速区」「西円手町」となった。

昭和55年11月
住居表示の実施にともない「西円手町」
桜川一~二丁目・湊町一丁目・稲荷一丁目の各一部となった。

町名の由来は
旧村当時の字名に由来。
冠称の「西」は町域を東西に二分したため。
※(字名=その地域の一区画のこと)



東西に分けた町域だけあって

経緯が円手町」とほぼ同じ。


こちらも明治初期まで存在していた

「西成郡 難波村」「円手」という地が

町名にあてられたようですね。



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継承碑が建っているのは

「念佛宗 無量壽寺 大阪別院」

という難しい名前のお寺。


「むりょうじゅじ」

って読むのかな……?


こちらのお寺の前にあります。



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円手町」と対になる旧町名を伝える

「西円手町」の旧町名継承碑。



近くを通り掛かった際は

ぜひ眺めていってみてください。



※この記事の写真は2019年2月に撮影したものです。


「東円手町」の継承碑も興味ある方は
こちらのリンクからどうぞ。

内容:東バージョンのヤツ



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【旧町名継承碑「西円手町」】



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