この日は西区の憩いの場所、

「靱公園」を訪れました。
※(うつぼ こうえん)


靱公園

バラ園テニスコートが名物で、

園が東西に分かれた横長の公園です。



名物って呼び方でいいんだろうか……?

まあいいや。



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ここはそんな靱公園の東園の西口

園内の並木道を

道なりに歩いていると……。



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植林地帯の中に

なんか大きな岩を発見。



『アレなんやろな?』

『あー、石碑っぽいね』



一緒に来た嫁のまーさん

さっそく近寄ってみる。



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石碑には碑文がズラズラと書いてあり、

その隣には小さめの石碑

1つ設置されていた。




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表面がびろーんと広がっている部分に

文字が並んでいる。



鳥野郎のフンがついていたので

上部を少し、ぼかしで隠しました。



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拡大したもの。

詳細は写真をご覧ください。



碑文の最後に

「梶井基次郎の『檸檬』より」
※(かじい もとじろう)

と刻まれている。



こちらの石碑は

昭和の初期に活動していた小説家

梶井 基次郎氏の文学碑らしい。

「檸檬」は梶井さんの代表作。
※(れもん)



以前、阿倍野区

「梶井 基次郎の旧居跡」を発見したけど、

この靱公園にも史跡があったのか。



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隣の石碑。

こちらは案内板だ。



「梶井 基次郎」

明治34年(1901年)、大阪市西区に生まれる。

短い自らの生命の輝きを

洗練された詩的な文章で

「檸檬」以下の珠玉の短編に書き残した。



生まれたのがここ、西区なので

靱公園に文学碑が設置されたようですね。



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石碑を横から眺めてみる。



『この人の史跡って
 靱公園にもあったんやなー』

『生まれた場所と晩年を過ごした場所の
 両方が史跡になってるんだね』

『教科書に載るほどやからなー。
 檸檬の人』



檸檬の人じゃなくて梶井氏と言え。



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裏側。


石碑は昭和56年3月

大阪市が建立。



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調べてみたところ

梶井 基次郎氏が生まれたのは

靱公園から少し北西の位置。


安治川沿いにある
※(あじがわ)

「西区土佐堀3丁目」とのこと。



そちらは現在マンションが建ち並んでおり

残念ながら生家の痕跡はありません。



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大阪出身の小説家・梶井基次郎氏を顕彰する

「梶井基次郎の文学碑」。



靱公園を訪れた際は

ぜひ眺めていってみてください。



※この記事の写真は2019年1月に撮影したものです。



・梶井氏についてもっと知りたい方は
 こちらのリンクからどうぞ。

内容:晩年を過ごした阿倍野区の旧居跡



・靱公園の様子が知りたい方は
 こちらのリンクからどうぞ。

内容:うつぼです



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【梶井基次郎の文学碑】



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