この日は大阪の観光スポット、

「大阪城」の周辺を散策しました。



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ここは大阪城の北西側にある

「京橋口」という
※(きょうばし ぐち)

出入口を出て、


さらにへ進んだ所にある

「京橋」という橋の北詰
※(北詰=橋の北端のことです)



……北だらけでややこしいね。


「大阪城の上らへん」って感じで

伝わればとりあえず大丈夫です。



ここからチラッと見える

大阪城天守閣に目が行きがちですが、

実は右側の方に目を向けると……。



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植え込みに紛れるように

石碑と案内板が建っていました。




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碑には

「京橋 川魚市場 跡」
※(きょうばし かわうお いちば あと)

と刻まれている。



『こんな所に市場があったのか』

『そうみたいやね。
 しかも川の魚限定なんやな』

『フナとかコイとかやろか?』

『サケも川の魚だよ』

『大阪でサケは獲れへんやろ。
 そんなもんおるの北海道だけやで』



一緒に碑を眺めてた嫁のまーさん

私の故郷の北海道を見下しました。


道民の方は、お手持ちの一本鮭で

頭をガツンとやっちまってください。



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碑の左側面には何も無し。


ところで植え込みの草が

碑に近すぎるんだけど、

コレに何か書いてあったとしても

読めるんだろうか……。



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草『フェエェェェエィ~ッ!』



碑の右側面。

説明らしきものが書いてあるけど、

が邪魔をして読めない……。


が憎い……。



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でも今回はこの案内板があるので

きっと何とかなるだろう。




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案内板、右側の説明文。

詳細は写真をご覧ください。


簡単にまとめた内容を

以下に書き記していきます。



「京橋川魚市場跡」


かつてこの辺りには

川魚を扱う「京橋川魚市場」があった。


起源は

石山本願寺の時期(1533年~1580年)

設けられた鮒市場とされる。
※(鮒=ふな)


江戸時代には

すでに市場としての機能が整っており、

幕府公認の川魚独占市場となっていた。


明治末期に中之島六丁目付近に移転

大正14年(1915年)に

大阪川魚株式会社が設立された。



戦国時代が起源という

歴史ある川魚市場

ここにあったんですね。


当時の市場には

フナウナギなどが並んでいたそうです。



川魚市場は最終的に、

現在の福島区にある

「大阪市中央卸売市場」

吸収・合併されたようです。



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案内板、左側の絵図。

「摂津名所図会」という書物に描かれた

「京橋川魚市場の図」とのこと。



「京橋」の隅っこで

川魚が露天売りされている様子が

描かれている。



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案内板の横に道があったので

裏側に入り込んでみる。



『相変わらずどこにでも
 入っていくなー』

『一緒にどうですか!?』

『イヤやわ!
 虫おるでそこ!』

『サケが落ちてるかもしれないよ!』

『根に持つなー…』




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碑の裏側。

この碑は平成8年3月に大阪市が建立。




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裏側に回ったことで

碑の説明文が少し読みやすくなった。


だからといって

全部読めるわけじゃないけど……。



それでも読みたい方は

なんとか頑張ってご覧ください。



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裏側から橋の「京橋」を撮影。


ここからに行くと

「京橋」という名の駅と繁華街があるため、

「橋の」がつかないと大変区別しにくい。



それはそうと自転車が放置してあった……。

「Switch」というロゴが見えるので

多分、ニンテンドーの人の自転車だ。



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碑のすぐ横にあったフェンス

ひしゃげてベコベコになっていた。


何があったんだろう……?



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大阪城の北にある橋の「京橋」の北詰に

かつて市場があったことを示す

「京橋川魚市場跡」の碑。



近くを通り掛かったら

ぜひ眺めていってみてください。



※この記事の写真は2018年12月に撮影したものです。


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【「京橋川魚市場跡」の碑】



最寄り駅は
JR東西線・大阪城北詰駅
京阪電車・天満橋駅
地下鉄・天満橋駅