この日は大阪の観光名所、

「大阪城」の周辺を散策しました。



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最寄り駅の1つである

「天満橋駅」から、
※(てんまばし えき)

大阪城がある東方向へ歩いていると……。



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建物の横に

石碑が建っていました。



『石碑がある』

『ホンマや。
 フェンス余分に作って
 囲ってはるなー』

『敷地内の石碑を、歩道からでも
 見えるようにしてくれたのかな?』

『「見せたるから敷地に入るな」って
 意思の表れかもしれへんで』



イヤな意思を想像する嫁のまーさん

石碑に近付いてみる。



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碑には

「東町奉行所址」
※(ひがしまちぶぎょうしょ あと)

と刻まれていた。


「址」「跡」と同じ意味。



どうやらここには

東町奉行所があったらしい。




「町奉行所」というのは

江戸時代にあった行政機関のことで、


現在で言うところの

役所・裁判所・警察などの機関を

まとめたような組織です。



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碑の両側面には

何も書かれていなかった。




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裏面。


この碑は

大正8年に大阪府が建立したようだ。



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「東」と書いてあるので

ピンとくる人もいると思いますが、

「西町奉行所」も存在していました。



西も元々はこの辺りにありましたが

江戸時代の享保9年(1724年)

「妙知焼」という大火が発生。
※(みょうちやけ)


これによって大坂の町と

東西両方の町奉行所が焼失しました。


後に東町奉行所は再建されましたが

西町奉行所は移転となりました。



なお、移転先の現在は

「マイドームおおさか」という施設で

西町奉行所跡の碑が設置されています。



「せっかくだから西も見ておくか」

という方はこちらからどうぞ。





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東町奉行所の跡地には現在、

「大阪合同庁舎」が建っている。



経緯を簡単に書くと


大火の後、東町奉行所を再建。
明治維新後に解体。
旧日本陸軍が東町奉行所跡を含む
大阪城域一帯を接収。
現在の「大阪合同庁舎」が建つ。


という流れとのことです。



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碑のある場所から、西を向いた風景。

天満橋駅方向に出る。




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碑のある場所から、ひが……し……

……なんだあの廃墟みたいな空間。




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『…うわッ、何これ』

『庁舎で出た
 粗大ごみの置き場やろか?』

『古そうやけど何で処分しないで
 おいてはるんやろな…』

『監視カメラまである』


『あ! コレって窓際族の人の
 席なんじゃないの?』

『いや外やん! 窓際の外やんココ』

『そもそも人おらへんし』

『引き出しの中にきっと骨があるよ』

『ヒィッ!』



大阪合同庁舎の闇を見た

※骨は多分ないです。


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碑のある場所から、を見た風景。

大阪城天守閣がチラッと見える。



ちなみに、この付近には

「大阪府庁」

「大阪府警察本部」

「大阪家庭裁判所」

などの公務機関がある。


現代版・町奉行所と言っても

過言ではないエリアだ。



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江戸時代、大阪の町の治安を守っていた

町奉行所の跡地を示す

「東町奉行所跡」の碑。



大阪城の近くにあるので

ぜひ訪れてみてください。


※この記事の写真は2018年12月に撮影したものです。


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【「東町奉行所跡」の碑】



最寄り駅は
京阪電車・天満橋駅
地下鉄・天満橋駅