※お仕事が忙しくて
 昨日は更新できませんでした。
 ごめんなさい。




この日は阿倍野区
※(あべの く)

ほぼ中央を南北に走る

「あべの筋」沿いの道を散策。



ところで

漢字の「阿倍野」がちゃんとあるのに

なんで「あべの筋」

ひらがななんだろう?



0109_01

天王寺方向から「あべの筋」

ひらすら南下していくと

「王子町」という町に到着。
※(おうじちょう)



「セントラルスクエア」という

スーパー「ライフ」の

ちょっと高級版の店舗があった。
※(ライフは近畿圏・首都圏近郊を中心に
  展開しているスーパーです)


0109_02

「セントラルスクエア」

左側出入口にある駐輪場の片隅に

ひっそりと建つ石碑を発見。



碑には

「大阪高等学校のあと」

と刻まれている。



どうやら、かつてこの辺りには

学校があったようだ。



0109_03

ちょっと変わった形の碑。

左側には碑文が刻まれていた。




0109_04

碑文を撮影したもの。

内容は以下の通り。


大阪高等学校
 1922年(大正11年)から1950年(昭和25年)
 いたるまでこの地に在り、

 5000余名の卒業生を送り出した
 この構内に立つ「青春の像」は
 その大高生の風姿を伝えるものである

 1992年 同窓会」



大正末期から昭和の終戦後あたりまで

「大阪高等学校」

この辺りにあったんですね。



「高等学校」という名前ですが

これは現在の「大学」に相当していて

今は「旧制高等学校」と呼ばれています。


ようするにここは

「大学の跡地」なんですね。



0109_05

碑文に書かれていた

「構内に立つ『青春の像』

とやらを探すが見当たらない……。



碑の後ろ側にいる

青春っぽいポーズをしている

赤い服をお召しになられた方は

人類なので多分、違う。



0109_06

碑の裏側。

後から調べてみたところ、


大阪高等学校

廃止となる1950年(昭和25年)の1年前

現在の「大阪大学」と統合。



その経緯から「青春の像」は、

2009年(平成21年)

「大阪大学 豊中キャンパス」

移設されたとのこと。



……どうりで見当たらなかったわけだ。



ちなみに「青春の像」

いわゆるバンカラスタイルという

高下駄・黒マント・学生帽の恰好をした

大正ロマンを感じる男子学生の姿らしい。


気になる……。



0109_02

かつてこの地に

旧制高等学校があったことを伝える

「大阪高等学校のあと」の碑。


セントラルスクエア・北畠店を

訪れた際は眺めていってみてください。



※この記事の写真は2018年10月に撮影したものです。


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【「大阪高等学校のあと」の碑】



最寄り駅は
阪堺電車・北畠駅