この日は中央区にある

「玉造」の町を散策。
※(たまつくり)


紀元前12年に創建したと伝わる

「玉造稲荷神社」が存在する、

とても古い歴史のある町です。



0107_01

ここは玉造駅から

長堀通西に進んだ、
※(ながほり どおり)

「玉造」「上町」

境目にあたる場所。



写真ほぼ中央の位置に

「旧町名継承碑」が小さく見えている。



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……実はここ、

先週の記事で紹介した

「清水谷東之町」の旧町名継承碑

あった交差点と同じ場所。


交差点を北に進んですぐの所に

継承碑がもう一つあったわけです。



先週の継承碑から見たい方は

↓のリンクからご覧ください。

内容:谷があったらしい



0107_02

ちなみに

写真の黄色い囲みが先週の継承碑

赤い囲みが今回の継承碑


……赤い囲みが見えにくかったので

少し拡大してみたよ。



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足腰へ地味にダメージを与えてくる

坂道を上って

「旧町名継承碑」に近づいてみる。



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こちらの白くて中が青い石碑が

「旧町名継承碑」。



知らない方のために説明すると、


昭和時代の区画整理で消滅した

昔の町名を現代に伝えるために

大阪市が設置した石碑です。



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この中央の青いプレート

旧町名の経緯や由来が書かれている。



なんか猫じゃらし草

邪魔してるなぁ……。


あいつ「エノコログサ」っていうらしい。

グラコロバーガーみたいな

名前しやがって……。



0107_06

どうやらこの辺りは昔、

「東雲町一~三丁目」

という町名だったようだ。


読み方は

「しののめ まち or ちょう」。



詳細については写真をご覧ください。

「東雲町一~三丁目」に関わる部分のみ

以下に抜粋していきます。



「東雲町一~三丁目」

明治33年4月
大阪市東区に編入された玉造大路西玉造が
「東雲町一~三丁目」となった。

昭和54年2月
住居表示の実施にともない「東雲町一~三丁目」は、
玉造一~二丁目・上町一丁目の各一部となった。

町名の由来は
この地が上町台地の東斜面で
朝日(東雲)を遥拝する地という伝承から。
※(遥拝=ようはい=遠くからおがむこと)



明治5年に東雲町「通」一~三丁目になり

そこから明治30年に町名が変わって、

明治33年に再度「東雲町」の名が

戻ってきたようですね。



「東雲」「夜明け」を指す言葉で

その縁起の良さから

日本各地に同じ地名があります。



……実は冒頭に紹介した

「玉造稲荷神社」ですが、

少し前までは「東雲稲荷神社」という

町名と同じ社名だったそうですよ。



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グラコロなんとか草に埋もれる継承碑。


奥に見える建物は

「大阪クリスチャンセンター」

というキリスト教会館。



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この坂道をひたすらに進むと

大阪城の南側に出る。




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玉造稲荷神社の旧社名にもなっていた

昔の町名を今に伝える

「東雲町一~三丁目」の旧町名継承碑。



近くを通り掛かったら

ぜひ眺めていってみてください。


※この記事の写真は2018年11月に撮影したものです。


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【旧町名継承碑「東雲町一~三丁目」】

※MAPの「クリスチャンセンター」西側の植え込みにあります。


最寄り駅は
JR環状線・玉造駅
地下鉄・玉造駅
地下鉄・谷町六丁目駅