この日は守口市と隣接する

旭区阪急・森小路駅の周辺を散策。
※(もりしょうじ えき)


※2019/6/14追記
こちら、正しくは「京阪・森小路駅」です。
失礼しました。



0104_01

駅からにある

「新森中央公園」に行くと

巨大なキリンを発見。


肉体を改造されて

滑り台になってしまっている。

キリンさんが何をしたというのか。



0104_02

公園内を見渡してみると、

植え込みの中に

石碑と案内板が建っているのを発見。


写真中央、やや左下辺りです。



0104_03

石碑に近づいてみる。


ちなみに一緒に来た嫁のまーさん

キリンに夢中になっている

ウチの子どもの面倒を見てくれています。



0104_04

碑には

「森小路遺跡」
※(もりしょうじ いせき)

と刻まれている。


「森小路」の名称は駅名にもある通り、

この辺りの地名からとったと思われる。



とりあえず、

この「新森中央公園」がある辺りは

何かの遺跡のようだ。



0104_05

案内板。

「森小路遺跡」のことが書かれていて

左側には絵図もある。




0104_06

説明文。

詳しくは写真をご覧ください。


簡単にまとめた内容を

以下に記していきます。



「森小路遺跡」


弥生時代の集落遺跡。

この新森中央公園を中心に

半径300~400メートルの範囲に

集落が存在していた。


昭和6年(1931年)

弥生式土器、石器などが発見され、


現在までに至る発掘調査によって

地表・約1メートル下の地層から

住居跡墓の跡を始めとする

様々な遺物が発見された。



大阪市内の東端に

弥生時代の集落遺跡があったんですね!


……弥生時代というと

1800~2000年くらい前?


それが1メートル掘ったら出てきたの?

すごいな!!



0104_07

左側、上の絵図。

弥生時代の大阪の地形だ。



大昔の大阪は、そのほとんどが海の中。

「河内潟」という
※(かわちがた)

海が湖になりかけている状態の水辺に

森小路の集落があったようだ。


「●」で記された場所は

すべて遺跡らしい。

大阪って結構遺跡あるな……。



鳥のフンがついていて

見苦しかったので

ぼかし加工で一部隠しました。



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左側、下の絵図。

出土した絵画土器の写真と実測図。


棒人間の形をしている。

これが大阪市内で発見された

最古の絵だそうだ。



他にも石剣、クワ、スキ、木臼

動物の骨、貝類などが発見されたそうで


一部は旭区の区民センターにある

郷土資料室に展示されているとのこと。



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碑に戻って、左側面。


この碑は

大阪市施行70周年を記念して

昭和37年3月に建立。



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右側面は何もなし。




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柵がある植え込みなので

回り込んで碑の裏側へ。


こちらの面も何も書いてなかった。



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新森中央公園の東側。

グラウンドのように広い。



案内板には

「公園を中心に集落遺跡があった」

と書いてあったけど、


大阪市の史料を確認すると

公園の北側・東側となる

「旭区新森4~5丁目」付近で

集落跡出土品が発見されたようだ。



現在は普通の住宅街だけど

約2000年前にも人が住んでいたと思うと

感慨深いものがある。



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……なんかあった。


なんだこれ?




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調べてみたら噴水の装置らしい。

面白いモノあるなあ。




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最後に真横から見たキリンさん。


よく見ると足元の高さが調整されていた。

最初に作った時は

滑り台のつもりじゃなかったのかな?


金属製でしっかりしている。

おそらく弥生時代の出土品だろう。

そうに決まってる。



0104_04

遠い昔の弥生時代

この辺りに集落があったことを示す

「森小路遺跡の碑」。



公園に集落の痕跡はありませんが、

ぜひ訪れてみてください。



※この記事の写真は2018年10月に撮影したものです。


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【森小路遺跡の碑】



最寄り駅は
京阪・森小路駅
地下鉄・新森古市駅