この日は、大阪市

お隣の守口市にまたがる

広大な公園「鶴見緑地」
※(つるみ りょくち)

周辺を散策しました。



正式名称は

「花博記念公園 鶴見緑地」

と少々長め。



1022_01

公園へと続く

国道163号線沿いの道を

歩いていると、草むらの中に

例の見慣れた石碑が……。


写真ほぼ中央の

白くて縦長のヤツでございます。



1022_02

このブログで週1単位で見かける

「旧町名継承碑」だ。



よく登場する名前なので

もう目をつぶっても

キーボードでタイピングできるよ。


旧町名絵k氏諸費


ほらできた!



1022_03

「旧町名継承碑」

ご存知ない方に説明すると、


こちらは

昭和時代の区画整理で消滅した

昔の町名を現代に伝えるために

大阪市が設置した石碑。



大阪市内の植え込みとか

歩道脇などをよく見てみると

置いてあったりします。

興味があったら探してみてね。



1022_04

中央の青いプレート部分に

古い町名とその経緯などが書かれている。




1022_05

碑文によると、この辺りは昔

「両国町」

という町名だったとのこと。


読み方は

「りょうごく まちorちょう」


詳しくは写真をご覧ください。

「両国町」に関わる部分のみ

以下に抜粋します。



「両国町」

大正14年4月
東成郡般若寺村の一部が大阪市に編入され
東成区「両国町」の一部となった。

その後、旭区、城東区へと編入され

昭和49年7月
分区で鶴見区に編入されるとともに
住居表示の実施により、
「両国町」は緑三~四丁目の各一部となった。

町名の由来は
摂津河内国境界に位置することから。



色々な区に編入されていって

現在の鶴見区に落ち着いたようですね。



1022_06

継承碑から東側の景色。

ここを少し進むと

そこから先は「守口市」だ。



町名の由来に登場した

「摂津」とは現在の
※(せっつ)

大阪府の北西部と、兵庫県の南東部までを

領地としていた昔の国名


「河内」とは現在の大阪府の東部
※(かわち)

領地としていた昔の国名



この二つの国の境目なので

「両国町」の町名がつけられたと

継承碑に書いてあったけど、


現在も大阪市守口市

ほぼ境目にあたる場所なので、

町名が消えた今も

何かと境界線との縁が深い町のようだ。



1022_03

摂津国河内国

境界だったことを示す

「両国町」の旧町名継承碑


近くを通り掛かった際は

ぜひ眺めていってみてください。



※この記事の写真は2018年10月に撮影したものです。


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【旧町名継承碑「両国町」】

※MAPのバス停から少し東にあります。


最寄り駅は
地下鉄・新森古市駅