この日は大阪市の東側にある

「鶴見区」を訪れました。


神奈川県の横浜にも同じ地名の

「鶴見区」があるので

たまに混乱する時があるよ。



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ここは地下鉄・今福鶴見駅から
※(いまふく つるみ えき)

地上へ出た所にある大きな交差点


「大阪内環状線」という幹線道路が
※(おおさか うち かんじょうせん)

南北を走っている。


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この交差点の

西側から東に視線を向けると、

地下鉄の植え込みの所に

見覚えのある石碑を発見。


写真のほぼ中央に

ちっちゃく見えてる

灰色の細くて四角いアレです。



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信号を渡って近付いてみる。

やっぱり「旧町名継承碑」だ。


こんな大きな交差点の

植え込みの中にあるとは……。



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知らない方のために説明すると

「旧町名継承碑」とは、


昭和時代の区画整理で消滅してしまった

昔の町名を現代に伝えるために

大阪市が設置した石碑。



大阪の街中をよく見てみると

こんな感じで

土に植えられていたりするよ。



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どうやらこの辺りは昔

「今福中五丁目」

という町名だったようだ。


読み方は

「いまふく なか ごちょうめ」


詳細については写真をご覧ください。

「今福中五丁目」

関する部分のみ抜粋していきます。



「今福中五丁目」

昭和15年11月
(当時の)旭区の今福町、鶴見町の一部が
「今福中五丁目」の一部となる。

昭和18年4月
行政区画の変更で旭区から城東区へ編入。

昭和49年7月
分区と住居表示の実施にともない
大阪内環状線から東の「今福中五丁目」
鶴見区の鶴見三~四丁目の各一部となる。

町名の由来は
室町時代の荘園「久岐今福御厨」
※(くき いまふく みくりや)
当町域に存在したことから。


また、今福「中」の由来は
旧今福町を南北に三分した際、
中央部に位置したことから。



どうも区分けの際に

旭区城東区鶴見区

と何度も編入された町のようですね。



「今福」の町名になった由来で

室町時代の荘園「久岐今福御厨」

と出てきましたが、

よく分からないので調べてみると


「御厨(みくりや)」とは

神様の厨房・台所という意味で、

供物を調達する場所を指す言葉。


昔は重要な土地として

豪族に管理されていたようですね。



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継承碑から奥を覗いた景色。


地下鉄・今福鶴見駅

改札へと続く階段が見える。




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大阪内環状線を挟んだ

鶴見区と城東区の境目にひっそり佇む

「今福中五丁目」の旧町名継承碑


近くを通り掛かった際は

ぜひ眺めてみてください。



※この記事の写真は2018年6月に撮影したものです。


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【旧町名継承碑「今福中五丁目」】

※MAPの「コメダ珈琲店 今福鶴見店」西側角の交差点にあります。


最寄り駅は
地下鉄・今福鶴見駅