この日は大阪のターミナル駅となる

「京橋駅」西側を散策。



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ここはその京橋の西側にある

JR東西線・大阪城北詰駅の出入口。


壁に「1」って書いてあるので

きっと1番出入口です。

合ってますか?



0626_02

この出入口を

に向かって歩き、


目の前に出てきた角を左へ曲がる

とある石碑の前に

辿り着きます。



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それがここ。


あっ、ここじゃないや。

もう少し歩いた先だ。



0626_04

それがここ。


道路に挟まれた三角形の孤島の中に

見覚えのある石碑が・・・。

「旧町名継承碑」だ。



・・・というか

孤島って呼び方でいいのかこれ?

植え込み?

植え込みかな?

なんなのキミ?




0626_05

調べたけど分からなかった。

まあ、いいや。

とりあえず石碑に注目。



この「旧町名継承碑」とは、


昭和時代の区画整理で消滅した

昔の町名を現代に伝えるために

大阪市が設置した石碑。



写真のように植え込みの中に

プスッと刺さってることが多いです。



0626_06

碑文によると、この辺りは昔

「野田町」

という旧町名だったらしい。


読み方は「のだ まち」かな?

「のだ ちょう」かもしれない。


詳細については写真をご覧ください。

野田町に関わる部分だけ↓に抜粋します。



「野田町」


明治22年4月
市制の施行にともない、この地域は
大阪市北区「野田町」となった。

その後、都島区に編入され

昭和44年9月
住居表示の実施にともない「野田町」
片町二丁目、東野田町一~二丁目の各一部となった。

町名の由来は
万治二年(1659年)、当地域にあった
東成郡野田村が大坂三郷に組み入れられ
町となったことから。



町名の由来の説明が

「野田村」 ⇒ 「野田町」

だから野田町!


って書いてあるだけで

なぜ「野田」という名称が付いたかは

分からない・・・。




0626_07

ここからは勝手な推測ですが


昔この辺りは

湿地帯が広がる田畑だったそうなので

「田が広がる野」という所から

野田の名称が付いたのかもしれませんね。


・・・もしくは村民に

野田さんの苗字がいっぱいいたか。



ちなみにこの継承碑から

京橋駅一帯の地域は

「東野田町」という町名。
※(ひがしのだ ちょう)



「野田町」の旧町名は

東野田町として受け継がれています。



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継承碑がある植え込み。


「野田橋跡碑」という

今回の継承碑とは別の石碑がある。

こちらについては別の機会にでも。



0626_05

謎の三角地帯の植え込みに

ひっそと佇んで昔の町名を伝える


「野田町」の旧町名継承碑


道路側を向いているので

眺める際は車などにご注意ください。



※この記事の写真は2018年1月に撮影したものです。


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【旧町名継承碑「野田町」】

※MAPの「野田橋跡碑」がある植え込みにあります。


最寄り駅は
JR東西線・大阪城北詰駅